「車窓の内で」



 電車は音もなく動き出す。
 のどかな、あまりにものどかな毎日に、私もようやく慣れてきた。
 流れ行く車窓の景色はなだらかな山脈を写し出し、放し飼いにされた牛がのんびりとあくびをしている。
 そこから少し離れた草地では、麦わら帽子を日よけ代わりに顔に載せて男が一人昼寝をしている。きっと牛の飼い主だろう。
 時刻は十四時過ぎ。
 こんなにも穏やかな世界があることを、これまでの私は知らなかった。
 都会の喧騒の中、時間も惜しんでせかせかと動き回る日々は、もううんざりだ。
 このまま静かに、何も為さずに生きるのも悪くない。
 そう思った矢先のことだった。
「××××××!!」
 大声で謎の言葉をまくし立てる老婦人が一人、電車に乗ってきた。
 彼女は何故か私の方に寄ってくる。
 正直、静かにしてほしい。私は今、心地よい眠りに落ちようとしていたのだから。
 老婦人の訴えは続く。
 わかったわかった、と適当なことを言っておくと、彼女は満足したのか自分の席に戻っていった。
 再びの平穏。私は今度こそ眠りに落ちる。
 どうせ誰にも襲われまい。私の左肩には、無敵のマークが輝いているのだから。
 警察、と書かれた無敵のマークが。

「起きろ! 車内の見回りはどうした!」
 尤も。
 老婦人――もとい、私の上司が戻ってこなければの話だが。




 story&photo by Masumi Suiren