「宇宙金魚」
 文:すいれんますみ 絵:あおむしせっか

 (初出し:2012/2/6「小説家になろう」に掲載)


 星の海を、ブリキの金魚が泳いでいました。
 地球の遥か頭上を、ブリキの金魚が泳いでいました。
 金色のお腹を輝かせて、ブリキの金魚が泳いでいました。
 宇宙飛行士は、自分の見た光景が信じられませんでした。


『おや、久しぶりのお客様ですね』
 宇宙飛行士の頭の中に、声が響きました。それは遠くに見えるブリキの金魚の声でした。
「何故、こんなところに、こんなものがあるんだ」
 宇宙飛行士は夢かと思い、自分の頬をつねろうとしました。しかしその指は、
固いヘルメットの表面に当たっただけでした。
「きっと誰かが落としていったゴミだろう。回収しておかなければ」
無理矢理自分を納得させて、宇宙飛行士は金魚に近づきました。そして気付きました。
その金魚が、とてつもなく大きなことに。
 ブリキの金魚は、地球のクジラよりも大きかったのです。背中は赤い色に塗られ、
目やうろこはカラフルな色で描かれていました。しかし、お腹の部分は金色のメッキが
丸見えでした。まぶしくて、直接見ることができません。
「一体何の為に……」
『私がこうして泳いでいる意味ですか?』
 返事が返ってきたので、宇宙飛行士はびっくりしました。宇宙飛行士は知りません。
このあと金魚が、もっと信じられない内容を言うことを。
『私は太陽の代わりをしているのです』
 これが夢なら、早く覚めてくれ。宇宙飛行士は、気が遠くなりました。


 私は太陽と約束をしたのです。
 金魚はそう言って話し始めました。長い長いお話でした。内容は、大体こんな感じです。
 ずっとずっと昔のことでした。
 地球は、太陽の周りを一年で一周していました。自分自身も、一日に一回転しながら
です。
 太陽には、それが嬉しかったのです。何故なら太陽は、自分の光が一部分にしか
当たらないことを、哀しく思っていたからです。
 しかしある時、地球は動くことを止めてしまいました。何もかもが面倒になったのか、
重たくなって動けなくなったのか、それは太陽にも分りませんでした。
 哀しくて哀しくて、太陽は毎日泣きました。そしてだんだん、光が弱くなっていきました。
 そんな時です。太陽がブリキの金魚と出会ったのは。
 太陽は、キラキラ光る金魚のお腹から目が離せませんでした。きっと彼なら、私の
代わりになってくれる。そう思って、太陽は金魚を呼び止めました。
 金魚が頼まれたのは、地球の周りを一日一周泳ぐこと。もちろん、お腹を地球のほう
に向けて。
 金魚は喜んで引き受けました。しかし一つだけ、心配なことがありました。
『私は小さすぎます。きっと地球の方々には喜んでもらえません』
 すると太陽は言いました。
「簡単なことですよ。あなたの周りにあるゴミを食べてごらんなさい。食べた分だけ、
あなたは大きくなれますよ」
 金魚は夢中で、ゴミを食べました。自分より大きな鉄のかたまりやケーブルを、
むしゃむしゃと食べました。
 太陽の言った通り、金魚はどんどん大きくなりました。地球の周りを泳いでいる時も、
ゴミを見つける度に食べました。
 一日一周。金魚はその約束を守り続けています。


「信じられないな……」
 宇宙飛行士は、素直な感想を口にしました。
「確かに地球には四季がない。昔はあったらしいのだが……。それでも朝や夜が
あるのは、君のおかげだと言うのか?」
『そうです。私は太陽から熱と光と、動く力も与えられました。もうずっと長い間、
あなた方の太陽の代わりとして、こうして泳ぎ続けているのです』
「まさか……な」
 宇宙飛行士は、何が何だか分からなくなりました。自分が今まで学校でならったことと、
まるで違う。額を一筋の汗が流れました。
『おや、信じられませんか?しかし今、あなたはこうして私と話をしているじゃないですか。
あなたは自分の体験を信じるべきだ。それとも、自分自身が信じられませんか?』
 ブリキの金魚は、ゆったりと泳ぎながら言葉を投げかけました。
『では、私は約束を果たさなければなりませんので。またお会いできると良いですね』
 ブリキの金魚はどんどん遠くなっていきました。取り残された宇宙飛行士は、
金魚のお腹の光が地球に降りそそぐのを、長い間見つめていました。


 次の日。
 前の日と同じ時間に、ブリキの金魚と宇宙飛行士は出会いました。
『おや、またお会いしましたね』
「……やはり夢ではなかったか」
 苦々しい表情で、宇宙飛行士は言葉を続けました。
「一日考えたのだが、私は君を信じることが出来ない」
『なるほど、それも良いでしょう。――それで?』
ブリキの金魚は、特に気にした風でもなく、先をうながしました。
「しかし私は、君が地球を照らすところを見てしまった。それは事実だ。だから、
知識の一つとして、頭の片隅にしまっておこうと思う」
宇宙飛行士は、酸素の残量を確認しました。昨日はステーションに戻る前に、酸素が
足りなくなりそうだったからです。
「いつか私が、君の言うことを信じられるぐらい成長したら……この知識を遠慮なく
使わせてもらおうと思う」
『それは素晴らしいですね。そんな日が来ることを、私は信じていますよ』
ブリキの金魚が微笑んだように見えました。
『あなたなら、きっと大丈夫です。では、お互いのすべきことをすることにしましょう』
「そうだな。君と私が会うことは、もう無いだろうから」
 ブリキの金魚は一日一周の約束を果たしに、また泳ぎ始めました。
 宇宙飛行士は金魚に背を向け、ステーションへと戻りました。


 それが、おじいちゃんから聞いた昔のお話です。
 私は今、おじいちゃんと同じ光景を、目にしています。
 おじいちゃんの話を確かめるために、宇宙飛行士になって。
『おや、久しぶりのお客様ですね』
 ねえ、おじいちゃん。ブリキの金魚は、今でも地球を照らし続けてくれていますよ。

 END.