桃太郎

序章「賭け」



「お前さぁ……」
「何だい?」
  部屋に入ると、涼はいきなり話しかけられた。
  大きなモニターと小さなパソコンだけがある部屋だった。 パソコンからは細いケーブルが延び、それはモニターに繋がっていた。 部屋にいる人間は、涼だけである。

  ……そう。人間は。

  涼は、モニターに目を向けた。
「桃太郎か。勝手にモニター付けちゃいけないって、前から言ってるじゃないか」
モニターには、一人の男の子の姿があった。涼を見下ろしながら、桃太郎は呟いた。
「そんな事言ってる場合か?……お前も、俺も、いつまでこんな事を続けなければならないか、そろそろはっきりしてくれても良いんじゃねぇか?」
 涼は苦笑すると、パソコンの前に歩み寄った。
「今回も、見事な演技だったよ」
「フン、質問にまだ答えてもらってねぇぞ。それでも一つ言わせてもらうと、俺はあんなに極悪非道な人格は持ってない」
桃太郎は、不機嫌そうに言い放ったが、
「そんな事は私が一番よく知っているよ。……何せ、私は君達の親だからね」
涼は全く気にしていなかった。
「……涼、こんな事は、もうヤメにしねぇか?俺はもう、こんな事はしたくない。一応は……あいつらも俺と同じ情報{データ} なんだから。なのに……それを……」
 桃太郎はうつむくと、しばらく何も言わなかった。

 時だけが流れる。
 涼はモニターを気にしながら、パソコンのキーに指を走らせていた。
 室内に、キーの音だけが、やけにうるさく響いていた。

 涼がキーの操作を終えたその時、桃太郎はようやく口を開いた。
「……それを――」
「もう良いよ、桃太郎。……私達がそれをする必要は、なくなった」
「……どういう事だ?――まさか!」
 涼は満足そうに頷くと、はっきりと言い切った。
「そう。このゲームは、もう必要ない」
「それじゃあお前……!」
「この国に、これを創った意味を知っている者は、君と私しかいない。……だったらもう、これ以上無駄な犠牲を出さなくても、良いじゃないか」
 桃太郎は、そんな涼とは裏腹に、動揺していた。その選択がどんな結果を招くことになるのか、よく分かっていたからだ。
「お前は、自分がどうなるのか、ちゃんと分かっているのか?」
「分かっているよ。でも、自分の命を投げ出す方が、あの子達を消すより、よっぽどマシだと思うからね」
涼には分かっていた。
 この答えの先に、自分の‘死”が待っていることを。
「………」
「大丈夫だよ。あの子達は、前にあったようなデータにはならないさ」
「――それは……賭け、か?」
「さぁ?でも、これだけは言えるよ」
 モニターに背を向けると、涼は扉に向かって歩き始めた。
「あの子達は――自分で自分の道を歩み始めた、という事だよ」

 桃太郎は一瞬目を丸くした。そして小さく笑うと、言った。
「まぁ、あいつらなら可能かもしれないな。俺も――」


*        *              *              *        *
 モニターが消えると、部屋は闇に包まれた。
「大丈夫だよ。……君も……あの子達も」
涼はそれだけ言い残すと、部屋を出ていった。

 その家には、一人の研究者と、七人の子供が住んでいた。
 暖かな光に包まれた部屋から、賑やかで、穏やかで、どこか切なそうな笑い声が聞こえる。
 研究者は、心からの笑みを浮かべた。


  その幸せが、消えぬことを祈って。