Ryo〜call you, again〜



 流は来た時のまま、研究所の玄関にいた。涼と雪子が戻ってくると、
「あんまり客を待たせるなよ」
いつもと変わらぬ様子で言った。本当は色々と質問したいことがあったが、そこは我慢した。涼と雪子は、少し恥ずかしそうに、頬を赤らめている。
「あ、そうだ涼さん。写真撮りませんか?」
 話題を変えようと、雪子が突然そんなことを言い出した。
「写真?」
「ほら、流さん今日卒業式だったんでしょう?三人で、記念に撮りましょうよ」
一応は筋の通った意見だった。
「良いんじゃねーの。兄貴、カメラ持ってきてくれよ」
「何で私が」
「良いから、早く行ってこい」
 流に背を押されて、涼はしぶしぶカメラを持ちに行く。
「どうせなら外で撮りましょうよ。天気も良いですし」
「そうだな。兄貴ー、先に行ってるからなー!」
 外に出ると、傾きかけた陽が鋭く二人を照らした。流は二、三歩足を進めると、雪子に向き直った。
「雪子さん、変なこと聞くかもしれないけど、答えてくれるか?」
逆光で、流の表情はよく見えない。雪子は少し不安を感じたが、すぐに頷いた。
「私に、答えられることなら」
 流は言葉を選ぶように間を置くと、
「……雪子さんは、本当に兄貴を愛しているのか?」
雪子を真っ直ぐ見つめて、問うた。
「もちろん、愛しています」
雪子は迷わなかった。
「兄貴はいつか、雪子さんを殺すかもしれない」
「――!」
「それでも最期まで、兄貴を愛してくれるか」
それはまるで、救いを求めるようだった。切実に、誠実に、その答えを求めていた。
 雪子はそれを裏切らなかった。
「例え涼さんが私を殺すことになったとしても、私は彼を愛し続けます。涼さんに殺されるのなら、むしろ本望です。私は彼の腕の中で逝きたいので」
 そして雪子は、首の後ろの髪を上げて見せた。
「気付いていたんですね、流さん」
首筋に刻印された、数字の羅列があらわになった。
「最初に会った時、何か違和感があったんだよ。……親父の研究の所為で、小さい頃からそういう奴らに接してきたから。それ、ちゃんと隠しとけよ」
「気遣ってくださって、有難う御座います。ですが先程の問いの答えは変わりません。私は涼さんを、一生愛しています」
あくまでも笑顔で、雪子は固い意志を口にした。
 流が初めて感じた確信。それは、兄のひと時の幸せだった。
「全く私をこき使うなんて、信じられないよ」
タイミング良く、涼がカメラを持ってきた。久しぶりに太陽光を浴びた涼は、軽く眩暈を起こす。ふらつく涼を、雪子と流が両脇から支えた。
「涼さん、大丈夫ですか」
「しっかりしろよ兄貴」
「君達が外に出るとか言い出すからだよ……」
弱々しく言い返す涼。何とか体裁を取り繕うとするその姿がおかしくて、雪子と流は、顔を見合わせて笑った。
「日光に当たったら溶けちゃうじゃないか」
「お前は吸血鬼か」
言い返され、涼はただ一人、露骨にむすっとした表情をした。子どもみたいだった。


 撮影係として呼んできた研究員にカメラを渡し、三人は研究所をバックに並ぶ。
「ちょっと待て。三人一列とか、堅苦しいのはなしだ」
「私はこういうの初めてだからよく分らないよ」
「まあまあ涼さん、今日は流さんの言う通りにしましょう」
「じゃあ兄貴と雪子さんが前な。俺の方が背、高いし」
「私とあまり変わらないじゃないか」
 流は雪子と涼を強引に引き寄せると、自分は後列に立ち、
「ほら、もっとくっつかないとカメラに収まらないだろ」
前列二人の肩を抱いた。
「じゃあ、撮りますよー」
撮影係がカメラを構える。
「折角の記念写真なんだから、ちゃんと笑うんだぞ、兄貴」
「そんなこと言われても……」
「涼さん、笑顔ですよ、笑顔」
ピントを合わせ、三人がレンズに収まることを確認すると、
「はい、チーズ」
シャッターを押した。カシャ、と小気味良い音が聞こえた。
「じゃあ早く中に戻ろう」
 約一名が、さっさと研究所に戻ろうとする。
「え、もう一枚撮りませんか、念のため」
撮影係が尋ねるが、涼は振り返らない。
「兄貴は慣れてないだけだよ、こういうの」
「恥ずかしかったんでしょうね」
 流は撮影係を気遣って、
「まあ、手振れ補正機能使ったから、よっぽど大丈夫だろ。現像したら、俺にも分けてくれ」
ぽん、と肩に手を置いた。
「分りました」
撮影係は本来の仕事をこなす為、研究所に戻る。それに続いて、流と雪子も太陽に背を向けた。
 赤い夕陽が、鉄筋コンクリートの建物を照らす。無機質な研究所が、少しだけ優しく見えた。