桃太郎
第十話「with」―2―
そんな泉と空も成長し、殴り合いから口喧嘩になったある冬のことです。
「我々は国立研究所の者だ。貴様等の父親の身柄は、我々が確保した。返してほしくば、明日の朝までに、この場所に来い」
二人が山小屋で留守番をしていると、見るからに怪しい男の二人組が小屋に押しかけてきました。そして、そんな言葉と研究所らしき場所の写真、建物までの地図を残して去っていきました。
「……どう思う、空」
「どうって……、これは明らかに誘拐事件だろう」
二人はしばらく、写真を見つめてその場に立ち尽くしていました。
しかし、いきなり何を思ったのか、顔を見合わせると防寒着を着込み、小屋の隅に置かれていた“非常持ち出し袋”と書かれた銀色のリュックサックを背負い、その中に無造作に地図と写真を詰め込むと、長めのブーツを履いて一目散に外に飛び出しました。
「この場所なら、急げばまだ間に合うぞ、空!」
「ああ。――これ以上、大切な人を失うわけにはいかない!」
薄暗く狭い室内に、泉と空の父親が座っていた。
その手足は縛られてはいない。そして奇妙なことに、その二人を連れてきた人物はおろか、見張りは一人もいなかった。
泉と空は、ひたすら走っていました。あれから一度も休んでいないのか、山を下り終えると、流石に息が上がっていました。
それでも彼らは走り続けました。研究所は、まだまだ遠くです。
「………で、どうするんだ?」
山の麓、人目につかない場所を選んで、二人は地図を広げていました。
あの後数分走った二人は、研究所に着いてからの行動を全く考えていなかったことに気付き、こうして休憩がてら、作戦を立てているのでした。
「俺に考えがある」
空が地図のある一点を示しながら言いました。
「――そこは?」
「ここには、あまり人には知られていない地下道がある。そしてこの地下道は――」
そう言うと空は、研究所の近くの“雑木林”と書かれた地点に指を置きました。
「ここに出られるようになっている。これなら気付かれずに近づくことが出来る」
「……なるほど。だが、見張りがいるという可能性も――」
「確かに、な。でも大丈夫だ。俺はその場合のこともちゃんと考えた上で、この道を使うといっているんだ」
「どういう、ことだ?」
すると空はニヤッと笑い、信じられないようなことを言いました。
「この林、荒れまくってるから」
「はあ?お前は馬鹿か。そんなの答えになってないじゃないか。第一、そんな状況なら私たちだって――」
「だから大丈夫だって。とにかく俺に任せておけ」
室内に、灯りが灯された。二人が胡散臭そうに顔を上げると、そこには白衣姿の男が一人、立っていた。男は、長い髪を後ろで三つ編みに束ねていた。
二人は、男への殺気を隠そうとはしなかった。