桃太郎

第十話「with」―1―



 わたしには、とても気に入らない奴がいる。いつも夏になるとやってくる、空{クウ}という奴だ。

 おれには、とても気に入らない奴がいる。いつも冬になるとやってくる、泉{セン}という奴だ。


*        *              *              *        *


 その夏も浜辺では、毎年同様、少女と少年が喧嘩をしていました。二人とも、年は七、八歳ほど。外見は、双子と見紛うほどにそっくりでした。
 そして二人は、
「こいつー!」
とか、
「ちくしょー!」
とか言いながら、ぽかぽか殴り合っていました。
 ですが、
「このっ!」
「うわぁー!」
ばしゃーん、と水の飛ぶ音がして、少年の体は水浸しになりました。今日も、いつも通り少女が勝ちました。
「このていどでわたしに勝とうなんて、百万年早いぞ、空!」
「くっそー!なんでいつも泉が勝つんだよーっ!」
 すっかりびしょぬれになった少年――空は、上から自分を見下ろしている少女――泉に向かって、悪態をつきました。
 「それは、わたしが年上だからだ」
「うっ……。でも……でも、おれは男の子だぞ!女なんかに、負けるもんか!」
「でも、現にお前、わたしに負けたじゃないか」
こうなると、もう空は何も言い返せません。そのままずっと、立ち上がりもせずに俯いているので、ズボンはもうびしょびしょです。雑巾みたいに絞れそうです。
 しばらくすると、近くの宿屋から、泉の父親――見るからに海の男って感じの男――と、空の父親――見るからに山の男って感じの男――がやってきました。
 そして、
 
 ぽか!ぽか!

「男の子をいじめるんじゃない!」「女の子をいじめるんじゃない!」
同時に自分の子供の頭を殴って、同時に怒鳴り、

 びえー!びえー!

 二人の子供は同時に泣き出しました。


 泉と空は、別に家族でも、中の良い友達というわけでもありません。ただ、父親同士の仲が良くて知り合っただけの関係です。しかし、会うたびに喧嘩を始めるので、一般的に言うと“犬猿の仲”とかいうやつでした。
 泉の父親は、海で宿屋を営んでいます。
 空の父親は、山で林業を営んでいます。
 そんな二人が何処でどうやって知り合ったかなんて、本人達しか分かりません。あまり重要なことではないので、ここには書きません。
 泉と空は、学校が長い休みの時にだけ会います。夏は海、冬は山、といった風に、父親に連れられて、嫌々ながらもそれぞれの家に遊びに行くのでした。
 その間、父親達が仕事をどうしているかなんて、それもあまり重要ではないので、ここには書きません。
 その休みまでの間、泉は海で、空は山で、身体を鍛えます。もちろん、学校が終わったあとです。泉は小学三年生、空は小学二年生なので、宿題も出ます。それでも二人は、一度も宿題を忘れたことはありません。……いつやってるんでしょうね。
 泉と空に、母親はいません。二人がまだ、よちよち歩きのときに、流行病で亡くなりました。


 宿までの短い道のりを、びえーびえー泣きながら歩いている二人は、それでも
「空のばかー!」
とか
「泉のあほー!」
とか言っているので、

  ぽか!ぽか!

 また殴られて、また――今度はもっと大きな声で――泣き出すのでした。よく見ると、二人の頭には大きなタンコブが出来ていました。
 冬の山に場所が変わっても、やはりそれは同じです。ただ一つ違うのは、夏は海でズボンをぬらしていた空が、冬は雪でズボンをびしょびしょにする、ということだけでした。