桃太郎
第十話「with」―3―
地下道は本当に狭く、細身の空と泉でも、かがんでやっと通れるような高さと幅しかありませんでした。
「……お前、よくこんな道知っていたな……。痛っ!」
泉が天井に頭をぶつけながら、少々呆れた声で言いました。前を歩いている空は、泉より頭一つ分背が低いので、泉よりは歩きやすそうでした。
「私は結構この辺りには来ていたつもりだが……こんなところは知らなかったぞ」
その言葉に、空は苦笑しました。
何故ならこの道は、空が昔、泉に勝つためのトレーニングとして、誰にも気付かれないよう、こっそり掘った道だったからです。雑木林が荒れているのも、トレーニングだからと言って、勝手に木を切り倒した空の仕業なのでした。
外ではもう、星が瞬き始めていました。
「こんな荒っぽいこと、本当はしたくなかったのですが……。あの子達が素直にここに来るとも思えなかったので。――もう、これしか方法が無かったんですよ」
男の顔は、逆光でよく見えなかった。
泉と空が雑木林に顔を出した頃には、すっかり夜が明け始めていました。
林は木々が倒れたり傾いていたりあちこちにツタが生い茂ったりと見事に荒れ果てていましたが、空が示した先には、なんとか研究所の姿が見えました。しかし、ツタの微妙な伸び具合のおかげで、研究所からは、こちらが全く見えないようになっていました。
「さて、ここまでは上出来だ。だが、問題はこれからだな」
リュックサックの中から出した缶詰を開けながら、泉はもっともな質問をしました。
「そうだな。………見たところ、見張りもいないし人の気配もない。なら――」
空は泉から缶詰を受け取り、言いました。
「正面から、堂々と入る」
「何を言っている。そんなことしてみろ、一方的に攻められて終わりじゃないか。それに、何のためにあんな狭い道を通ってきたと思っているんだ!」
意見を主張し合っている間も、二人の食事の手は止まりません。
「俺たちは多分、奴らにおびき出されているはずだ。条件通り、明日の朝までにあそこに行けば、親父達に危害を加えられることは、まず無いだろう。それに、もう日が昇る」
空の言う通り、辺りは大分明るくなっていました。
「余計な小細工をしている暇は、ないだろう?」
泉はそれを聞くと、仕方なさそうに頷きました。そして、
「――ところで、私たちはどうやってここから出れば良いんだ?」
とても聞きにくそうに、尋ねました。
「…………そろそろ時間だな」
泉と空がリュックから取り出した万能ナイフで辺りのツタを切り落としていた丁度その時、男はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「悪いが、これも仕事なんだ」
男の後ろには、二人の父親が横たわっていた。
研究所の入り口はとても広く、立派でした。鉄筋コンクリート立ての大きな建物が、泉と空の前に平然と立っています。
「ここに、親父がいる……」
「良いか、空。奴らがもし父さん達に危害を加えるようなら――」
「ああ。力いっぱいぶん殴ってやる!」
山々の間から太陽が完全に姿を現すと、辺りは光に包まれました。まだ溶け残っている雪の所為か、研究所が輝いて見えます。
「……皮肉なものだな」
「――泉、あれ……!」
研究所の入り口に、いつの間にか男が立っていました。長い髪を後ろで三つ編みに束ねた、白衣姿の眼鏡の男です。
拳を握りしめた空に代わって、泉が尋ねます。
「――お前は」
「私は涼。二人とも来なさい。……父親達に、会わせてあげよう」