桃太郎

第十話「with」―5―


「昔、君達の両親は、私と同じ研究チームにいた。どんな危険な実験にも、積極的に取り組んだことから、私たちのチームは高い評価を受けていた。中でも君達の両親は素晴らしい人材だった。
 だが、ある日、研究していた病原体{ウイルス}が、研究所から漏れ出してしまった。恐ろしい病原体でね、その感染力は凄まじかった。しかも感染した者のほとんどが死に至るとなっては…ね。
 研究所周辺の住人にも、その被害は及んだ。研究所の半径10キロメートルに住んでいた者の、そのほとんどが死んだ。
 所内でも、私以外の者は全て感染し、多くの者が命を落とした」

 空は疑問を抱き、口を挟んだ。
「ちょっと待て!俺たちの親父は死ななかった!それに何故、お前は感染しなかったんだ」
涼は口元に微笑を浮かべて、答えた。

「それは、私が人間だからだよ」

「何だそれは。私達の親も人間だろう?もちろん、私達も」
 泉は怪訝そうに尋ねた。しかしそれを聞くと、涼はついに堪えきれなくなったように笑った。声を上げて。これ以上可笑しいことは無いとでも言うように。
 ひとしきり笑った後、涼は目に涙を浮かべて言った。
「違うよ。君達は人間なんかじゃないんだ」
「お前、さっきから何が言いたいんだよ!俺達は――」

「君達は、情報{データ}なんだよ」

 泉は、思わず呟きました。
「――情報……だと?」
「そうだよ。もちろん、君達の両親もね。君達の父親が死ななかったのは、抗体を持っていたからなんだ」
 昔話でもしているような口調で、涼は続けます。
「私はね、数年前、この国の政府から極秘の命を受けたんだ。その内容は、実体化してしまった情報の回収と削除だった。
 始めは一体ずつ回収していたんだけど、何せ数が多すぎてね。ラチが明かなかった。そこで私は、ある一つの策を思いつき、実行に移した」
「――まさかお前!」
「そう。病原体が蔓延したのは事故ではない。
 ――私が、ばらまいたんだ」

「本当はそれで、任務が終わると思っていたんだけど……。君達の父親のように、情報の中には抗体を持つ者がいた。私は悩んだよ。どうすればそんな奴らを始末することが出来るのか……。
 そしてついに、私は素晴らしいアイデアを思いついた」
 涼は、モニターの横にある、赤いボタンを押した。すると、先ほどまでそこにあった六人の姿が、消えた。
「削除が不可能であるなら、情報の中に同化させてしまえば良い。現実世界で死んでいるのと同じ状態にすれば、その存在は時間をかけて忘れられ、やがては消えて行く。
 まずは君達からやろうと思ったんだが……この装置、まだ未完成でね。一度に同化させられるのは六人までなんだ。全く。君達の父親がでしゃばったから……」
「――私達をなめるな、と言ったはずだ」
 泉と空の身体は、少しずつ動き始めていた。
「親父達を元に戻さないと、容赦しない」
 涼はそれでも、その表情を崩さなかった。
「……君達の出番は、まだまだ先になりそうだ」
 目に見えない何かが、泉と空の身体に触れた。
「――っ」
「この……やろ、う……」
 二人の意識は、闇に落ちていった。


*        *              *              *        *


 私には、失いたくない奴がいる。ずっと共にいる、空という奴だ。

 俺には、失いたくない奴がいる。ずっと傍にいる、泉という奴だ。

 もうこれ以上、涼の好きにはさせない。
 大切な人を、失いたくはないから。