桃太郎

第九話「卵」―4―


 やがて、涼子たちがやってきた。
 坂田はいつものように、泥まみれのオレをからかっていたみたいだが、そんな事はどうでも良かった。
 ばあどんは、本当に弟なのだろうか。
 それだけが、気がかりだった。


 皆が寝静まった頃、オレはばあどんを抱えて、近くにあった湖に行った。
 出来るだけ暗いところを選んでここまで来たのだが、湖に月明かりが反射して、そこは何処よりも明るい場所になっていた。水面に映る丸い月が、オレとばあどんを照らす。……そういえば、今日は満月だったか。
「……なあ、ばあどん」
 水辺に腰を下ろしながら、オレは口を開いた。返事は無い。
「オレなんかで、本当に良いのか?」
またもや返事は返ってこない。
「オレ……お前を殺すかもしれないんだぞ」
数秒の沈黙の後、あの声がした。
 
『――大丈夫だよ。ボクの兄さんなら』
「やっぱり、そうなのか……?」
『今は、この子の身体を借りてここにいるだけ。本当は……ボクはこんなところにいてはいけない存在だから』
「…………」
 今だけ、なのか……。――そうだよな。もう死んだ奴に、これ以上自分の都合を押し付けることは出来ない。
『それに……』
「?」
『兄さんは、もう知っているだろう?――生きているものの、温もりを』
「生きているものの、温もり……」
 そうだ。オレは知ったんだ。ばあどんを抱く体から感じる、温もり。そして、心で感じる温もりを――。

「……ありがとう。――」

 しばらく呼んでいなかった弟の名を、オレはいつの間にか口にしていた。オレ自身、何を言ったのかよく聞き取れなかったが。


『さあ、今なら選べる三タイプ!』
「はあ?」
 しばらくして、ばあどんから声がした。……ただしそれは、男のセールスマンのような声だったが。
『長年一人で寂しいあなたには、女性タイプがおススメ。今なら卵をもう一つおまけして――』
「却下」
 何だコイツ!いきなり声が変わったし……。
 サナギがどう育つか選べるということか?
『それでしたら、同世代男の子タイプはいかがでしょうか?このタイプでしたら、気軽に遊べますし、宿題も教えてもらえ――』
「それも却下!」
オレより頭良かったらどうするんだよ。
『でしたら、こちらの闇鍋タイプはどうでしょう。このタイプでしたら、何になるかは分かりませんが、あなたが理想としている人そっくりになりますよ。――購入しますか?』
「どうでもいい。それにしてくれよ……」
 もう、どいつでも一緒だろ……。
「ご購入、ありがとう御座います!」

 めりめりっ。

 サナギのばあどんからいきなり誰かが出てきた。――うわっ。本当に人じゃないか。
 オレは驚いて、ばあどんを湖に落としてしまった。
「……イテテ」
 サナギから出てきたのは、水にぬれた男だ。見たところ、年はオレと同じくらいだが。もしかしたら……。
「よう、竹田」
「げっ!」
 弟だと思ったら、オレじゃねえか!
「どうやらお前が理想としているのは、おまえ自身だったようだな」
「オレはそんなにナルシストじゃない!」
「よく言うよ。……で、請求だけど」
「は?」
「ちゃんと聞いてろよ。……購入って言った」
「……そうだっけ………」
「きっちり払ってもらうぞ!」
 何なんだこの金額はー!


*        *              *              *        *


「……竹田君、竹田君!」
「ん……あ?」
 目を開けると、そこには坂田がいた。
「アンタこれにぶつかって、そのまま気を失ってたのよ」
そういう涼子の手には、ばあどんの卵と同じものがある。しかしよく見ると、それには鍵が付いており、どうやらノートのようになっているようだ。
「それにしても、変な形の日記ですね」
ばあどんは……もうここにはいないのか。
 ……ん?それにしても、温かいな。
「ここまで運ぶの滅茶苦茶大変だったんだから、感謝しなさいよ!」
芝田はそう言って、オレを見下ろした。
 風に揺れて少し触れた芝田の羽は、とても、温かかった。


*        *              *              *        *


「こんなサービスしなくても良かったんじゃないか、涼?」
「そうかもしれないね。……でも、あの輪が正常に機能しているようで良かったよ」
「他者を殺めると己が命を失う、って、あれか……」
「そうだよ。まあ――彼らに死なれて困るのは、私達なんだけどね」