桃太郎

第十一話「潜入 鬼ヶ島」―2―


「あー、腹減った……」
「何よ竹田、ちょっとは我慢しなさい!」
「でも困りましたね。食料、もうほとんど残っていませんし」
「そういえば、前にいた村でもらった包みが……。開けちゃおうか」
 涼子が包みを開けようとしたその時、背後に黒い影が飛び出してきた。
「――!」
竹田がとっさにそちらを振り向くと、そこには怪しい二人組がいた。涼子よりも少し年上らしい、女と男。
 女は長い赤毛を、低い位置で一つにまとめている。それとは対照的に、男は腰まである長い緑の髪を、そのまま下に垂らしていた。二人とも、頭にはバンダナのようなものを巻いている。
「お前達、ここで何を――」
女が言いかけた時だった。
「あ、おにぎり!」
 涼子が声を上げた。
 それを聞いた二人組は、何故か顔色が悪くなった。
「すごいわねー、“おにころし”もあるじゃないの」
「あ、本当ですね。流石芝田さん、お目が高い」
「お前ら、未成年が飲酒なんかしたら――」
「うるさいですよ竹田君。こう見えても僕、この世界では結構長生きしているらしいんですから」
 包みの中に入っていたのは、おにぎりがいくつかと、名酒”おにころし“だった。……おにぎりはどうして腐ってないのか不思議だが、ここではあえて触れないでおこう。
「あ、姉者……」
「ちっ。――まあ、私も馬鹿では無いからな。分かっている」
「……あれ、人が増えてる」
 ここで初めて、涼子は二人の存在に気づいた。涼子に視線に気付いた二人は、
「――参りました!」
すぐさま膝をついて降伏した。


*        *              *              *        *

「ここが、私達の家だ」
 涼子たちは、いきなり降伏した二人に連れられて、大きな建物の中にいた。鉄筋コンクリートの、見た目は大して面白くもない2階建ての建物。この島唯一の建物の中は、研究所のような作りをしていた。
「私は泉。こっちは、弟分の空だ」
 長い廊下を歩きながら、女――泉は言った。
「弟分、って……。アンタ達、姉弟じゃないんだ」
「……まあ、色々とあったんだ。今となってはもう、昔のことだが。そうでもなければ、俺だってこいつのことを”姉者“などとは呼ばない」
「何だか、仲が良いのか悪いのかよく分かりませんね」
 やがて涼子たちは、ある一室にたどり着いた。たくさんの機材とモニターのある、ごちゃごちゃとした部屋だった。
「まるで何処かの研究施設だな……」
竹田が、正直な感想を述べた。
「実際、そうだったらしい。私達も、色々と調べたが、詳しいことまでは分からなかった」
「じゃあ、最初からアンタ達の家だったわけじゃないんだ」
「ああ。この島に建物はこれだけだから、仕方無く住んでいる」
「俺達だって、こんな所を好き好んで住処にはしない。……嫌いなんだよ、研究所って」
 泉は、そう言って拳を握りしめる空の肩に手を置くと、懐から鍵を一つ取り出した。
「手がかりはこの鍵だけだ。この建物の中で拾ったんだが、どうも部屋の鍵ではないらしい。せめて、これが何の鍵か分かれば……」
「鍵?…………あ」
 涼子は腰の袋から、卵形の日記帳を取り出した。
「もしかして、これの鍵?」
泉は涼子から日記を受け取ると、恐る恐る、鍵を差し込んだ。

 カチッ。

「………開いた」
 そして泉は、日記を慎重に開くと、中に目を通し始めた。ページをめくる音だけが、しばらく部屋に響いた。だが、
「……嘘だろう………こんなこと…………」
急にページをめくる手を止めた。
「――貸してくれ」
 竹田は日記を手に取ると、泉が手を止めたページを読んだ。
「ちょっと、何が書いてあるのよ!」
無言で日記を読む竹田に我慢出来なくなった涼子は、そう尋ねた。
 竹田はゆっくりと日記から目を離すと、一度泉を見た。泉が小さく頷いたのを確認すると、竹田はその言葉を口にした。

「オレ達は――捨てられたんだよ」