桃太郎

第十二話「キーワードはバナナ」―1―


「捨てられた、って……。それ、どういうことなのよ」
 涼子は頭の中で呟いたその言葉を、いつの間にか口にしていた。
「そのままの意味だ。――私達は、捨てられた」
 そう言う泉と、涼子達を真っ直ぐに見つめる竹田の目は、嘘をついているようには見えなかった。
「でも……そりゃあ、私達が別の世界から来たのは分かるけど、それがどうして、そういうことになるのよ!」
「落ち着け、芝田。全部説明するから。――その前に、聞きたいことがある」
 竹田はつかつかと空に歩み寄ると、
「お前達は、鬼なんだろう?」
その頭に巻かれたバンダナを無造作に剥ぎ取った。
 バンダナを取った空の頭には、小さな角が二本、ちょこん、と生えていた。
「……だったら、どうするつもりだ」
「いや、別にどうもしないが、一応確認しておこうと思って」
「じゃあやっぱり、泉さんも鬼ですか?」
平然とする竹田や坂田とは裏腹に、
「鬼ーーーっ?」
涼子と芝田は、まるでこの世に無いものを見たかのように思いっきり叫んだ。

「何だお前達、気付いてなかったのか」
 泉は少しもためらうような素振りを見せずに、バンダナを取った。その頭には、小さな角が一本。
「……おにぎりとおにころしにビビったのを見たとき、まさかとは思ったんだが――これを読むまではその確信が持てなかった」
「そうよ日記!何が書いてあったの?」
 芝田は竹田の手にある日記を奪い取ろうと、竹田に掴みかかった。竹田はそれを軽くかわすと、
「とりあえず、この世界について話すぞ」
何事も無かったかのように話を切り出した。
「さしずめこの世界は、都合の良いゴミ捨て場なんだ」
「ストップストップ!竹田、話が全く見えないんだけど」
「何よ涼子、あんた実は全部知ってるんじゃないの?」
「どうやったら今までの流れからそういう考えが浮かんでくるのよ……」
「女のカン」
涼子はやってられないとでも言うかのように、大きくため息を吐いた。
 あの様子だとその内口論にもなりかねないので、竹田が咳払いをした。
「……話戻しても良いか。ちゃんとお前らにも分かるように話すから」
涼子だけでなく、自分も“話分からない組”に入れられたことに不満な様子の芝田だったが、それをあえて口にはしなかった。もちろん、表情には思いっ切り出していたが。

「この日記には、こう書いてある。
 “この世界はいわば、もう一つの現実である。
 創造主である私は、将来偉大な研究者として、皆に称えられるであろう。――理論は完璧だ。完成しないはずがない。
 だが、この世界を創り上げる為には、多くの犠牲が必要となる。それをどうするべきか……。
 ――そうだ、彼らを使おう。失敗作である彼らなら、例えしくじって存在が消えたとしても、あまり大事にはならない。むしろ消えてくれた方がこちらとしても好都合だ。
 決めたら即行動。それが私のモットーだ。すぐに始めよう。最初の六人を選ばなくては”」

「つまりこの日記を書いた人が、この世界を創り、失敗作のゴミ箱として利用している。そういうことですか。存在が消えるという事は、すなわち死ぬという事で良いのでしょうか」
「ああ。察しが良いな、犬」
「坂田ですよ、泉さん」
「俺達に死んでほしいようだな、この世界の創造主とやらは。元の世界に死体も証拠も残らない、こんな完全犯罪のような手段で」
 空は忌々しげに言い捨てた。
「待ってよ、まだ私達がその失敗作だって決まったわけじゃ……」
うろたえる芝田に、
「……六人」
「は……?」
空がポツリと言った。
「日記の最後。“六人を選ばなければ”ってあるだろう。俺と姉者、それとお前らを合わせると、丁度六人になる」
 涼子、竹田、坂田、芝田、泉、空。確かに六人だった。
「やっぱり、私達はその失敗作なの……?」
「何言ってるのよ涼子!珍しく弱気になっちゃって!……私は認めないわよ。私達が一体何をしたって言うのよ。そいつに憎まれるようなことでもしたって?冗談じゃないわ!」
「落ち着け、雉」
「私は芝田よ!」
 冷静な泉の口調とは対照的に、芝田の感情は高ぶっていた。
「芝田、受け入れたくない気持ちは私にもあるわ。でも、受け入れないと変わらない事だって――」
「五月蝿い!聞きたくないわよ、そんな言い訳!」
思わず涼子を叩こうとした手を、空が掴んだ。目に涙を浮かべながら必死に手を振りほどこうとする芝田を、空が静かに見つめる。その双眸に、芝田は抵抗するのを止めた。行動には示さないものの、その目に映る怒りは、芝田と同じかそれ以上のモノだったからだ。
 大人しくなった芝田から手を離すと、空は大きなモニターの元へと向かった。
「――芝田。これを見れば、お前も認めざるを得ないだろう。………空!」
泉にうながされ、空はモニターのスイッチを入れた。