桃太郎

第十二話「キーワードはバナナ」―2―


 そこに映し出されたのは、“桃太郎討伐計画”の文字。
「何ですか、これ」
「見ていれば分かる」
そう泉が言ったのと同時に、室内に女性の声のアナウンスが流れ始めた。

『“桃太郎討伐計画”
 私達は、今まで数々の試練をくぐり抜け、この土地を開拓してきました。――桃太郎が現れるまでは。
 数年前、突然この土地にやってきた桃太郎は、その強大な力で人々を奴隷のように扱い、圧政を強いるようになりました』
 画面には、飢えに苦しむ人々の写真が映し出された。そのあまりの悲惨さに、芝田はモニターから目をそらした。
 『桃太郎と言う独裁者の前に、成す術もなく倒れ行く者も数多くいました。暗殺計画はことごとく失敗に終わり、その勇気ある実行者達は、家族と共に処刑されました。
 しかしこのまま引き下がるわけには行かない。私達は、後の世界のため、この計画を実行します』

「泉、何なんだこれは。この計画とやらとオレ達に一体何の関係が――」
「思ったよりせっかちだな、お前達は。……仕方ない。――空!」
 空はモニターの操作パネルをいじった。すると、アナウンスの声が急に速さを増した。どうやら早送りの操作を行ったらしい。
『………と、このように――』
 空が再びパネルを操作すると、再び正常な速さでアナウンスが流れ始めた。

『人間では不足している部分を、他の生物――例えば動物から取り入れることで、桃太郎に対抗し得る力を身につけられることが明らかになりました。
 その試作段階として、昔話の“桃太郎”を参考に、猿、犬、雉、鬼の細胞を、人間に投与します』

 アナウンスはそこで途切れた。沈黙が流れる中、芝田の身体は小刻みに震えていた。
「……これで信じる気になったか?」
モニターの電源を切って戻ってきた空は、芝田を見るなりそう言った。
「何なのよ、もう………」
腰が抜けたように、芝田はその場に座り込んだ。どうやら信じる気になったらしい。
 そのやりとりを見ていた竹田と坂田は、とっくに受け入れていたのか、どこか覚悟を決めたような雰囲気がある。
「ねえ、さっきの日記の話を含めて考えると、私達、もう元の世界には戻れないって事?」
唐突に、涼子は疑問を口にした。それを聞くと、芝田はびくりと肩を震わせた。
「いや。この日記によると、私達が桃太郎を倒すことが出来れば、元の世界とやらに戻ることが出来るらしい」
「本当っ?」
芝田は嬉しそうに顔を上げた。それを見た涼子は、安心したかのように微笑んだ。
「――涼子」
「どうしたの、竹田」
 竹田は涼子を真っ直ぐ見つめて、言いにくそうに切り出した。
「……お前の役目――鬼を倒すという役目は、もう終わった。泉も空も、もうその村には手を出さないだろうからな。そうだろう?」
「ああ。桃太郎がいないと分かった以上、あの村を調べる必要もない」
「ここから先は、オレ達の役目だ。お前がついてくる必要は、ない。ここで――」
「待って!」
そのあまりの必死さに、竹田は思わず目を丸くした。
「確かに、林や村の人達との約束は果たしたようなものだけど……。でも、何かまだ、引っかかるものがあるの。それに、私だけ置いてけぼりとか言わないでよ」
「涼子……」
「このままじゃ、私は私に嘘を吐いたままになっちゃうから……」
 小さく呟いたその言葉は、涼子にしか聞こえていなかった。


*        *              *              *        *


 翌日、涼子達は鬼ヶ島で代々受け継がれてきたという船に乗って、桃太郎が潜伏しているらしい“桃ヶ島”を目指していた。
「それにしても、きび団子がないというのはちょっと残念ですね」
「きび団子?どうしてそんな物が必要なのよ」
「涼子さん知らないんですか?昔話の“桃太郎”」
「知ってるわよ、それくらい。でも、“桃太郎”に出てくるのは、きび団子じゃなくてバナナでしょ?」
「…………」
「私が知っている話だと、桃太郎はおばあさんからバナナをもらって旅に出るのよ」
「えっと……それ、誰から聞いた話ですか」
「水無月涼。私のお父さんよ」

「――涼子、ちょっと良いか」
 竹田は涼子に、あの卵型の日記を放り投げた。日記は狙いを過たずに、涼子の手の中に収まった。
「そこの記名欄見てみろ」
言われるままに涼子は日記帳の記名欄を確認する。
「………!この名前って………」
 “水無月涼”。そこには、几帳面な文字でそう書かれていた。