――何よ涼子、あんた実は全部知ってるんじゃないの?
「……嘘でしょ………」
そう、嘘だ。
芝田にそう言われた時も、いや、その前から本当は全部知っていたのに。それでも弱みを見せたくなかったから、嘘を吐いた。
あの時、自分自身に。
* * * * *
「お前さん、まさか涼の――」
「まさか本当に会えるとは思いませんでしたよ、魔法使いさん」
あの時も、私の中の私がそう答えた。
“涼の養い子だね”
その一言を聞きたくないがために、私の影が吐いた嘘。
真実{ホントウ}の私に出会うためにあの峠に立ち寄ったのに、そこでも私は偽りだった。
真実を偽りすぎて、何が本当なのか、いつの間にか分からなくなっていたから。
* * * * *
「……ごめん、ちょっと一人にしておいてくれる?」
私は竹田にそう告げると、日記を持って船内の私室に向かった。
まただ。――また、嘘を吐いてしまった。本当は一人でなんかいたくないのに。誰かにすがりつきたいのに……。
――だが、思い通りに行かないのが、生世の常ってモノだよ。
鈴音さんは、私にそう言っていた。
――それは分かっていたつもりです。
そう答えた私も、私じゃない。アレは私の影。私の嘘。
――フン。涼も知らなかったさ、こんな事。失敗作の私らが、今でもこの世界で行き続けていることは。
元々私らは、意志を持った情報{データ}だった。涼にとっては、そんなモノが本当に出来たこと自体が想定外だったのさ。故に恐れ、この世界に捨てた。だがこの世界と同化しても尚、自我と言うのかねぇ、そういうのは、ちゃんと残っていたんだよ。
桃太郎は、そんな私らを助けてくれたのさ。この世界で生きるための術を与え、器を与え、場所を与えてくれた。それからというもの、私らは己の思うように行動し、生きた。人々は長を立て、集落を作り……この世界はどんどん発展していった。
だが一方で、人々は桃太郎への恩を忘れていった。お前さんがいた村を思い出してみな。あやつらが持つ桃太郎への気持ちと言ったら、憎しみと恨みくらいだったろう。
……林{リン}、とか言ったか。あの娘のような者は今は僅かしか残っとらんよ。……昔話はこのくらいにしておこうか。
一つだけ言っておく。――これからお前さん達は、“意志”という大きな流れに飲まれながら、真実を見失いながら生きていかなきゃならない。それはとても、大変なことだ。
……なるほど。だからお前さんは、願いを叶える為にここに来たんだね。
分からないよ、鈴音さん。何が真実で、何が嘘なのか……。今の私が私なのかさえ分からないのに、そんな事――。
『じゃあお前、“本当の自分”ってやつを知っているのか?』
「誰……?」
気がつくと、部屋で一人しゃがみこんでいた私を、一人の男の子が見下ろしていた。紫がかった黒髪を、頭の高い位置で一つにまとめている。……私と同じ髪型の男の子。
『俺は桃太郎。――お前が影とか呼んで否定し続けてきた、もう一人のお前だ』
「桃太郎って……私のことだったの……?」
『お前がそう思ったのなら、そうなんじゃないか?何たって、俺はお前なんだから』
私の中の影の部分。私が嘘だと、否定し続けてきた部分……。
私が、倒そうとしていた部分。
『何が真実かなんて――』
桃太郎は、私の隣に座ると言った。
『本当は、誰も分かっていないんじゃねえか?だから人は、迷って、悩んで、考えて……そうやって不器用に生きてきたんだと、俺は思うけどな。まあ、お前がそれは違うと思うんなら、それはそれで良いけど』
「…………」
私は桃太郎を見つめた。影なのに、よっぽど自信に満ちていて、私よりも私らしかった。
「アンタは、私……?」
『多分な』
そんなそっけない彼の態度に、思わず私は吹き出してしまった。
「アンタ、私の影ならもっと影らしくしてなさいよ」
『さっきまであんなに落ち込んでたくせに……。そんなこと言われたら俺が落ち込みたくなるんですけど』
「アンタがそうしたいなら、そうすると良いわ」
『お前なあ……』
私達は互いに顔を見合わせると、笑い始めた。
何が本当で何が嘘かなんて、もうどうでも良かった。
私が真実だと思えば本当で、偽りだと思えば嘘になるのだから。
私は私。
それ以上でも、それ以下でもない。
水無月涼の養子で、血のつながりが無いことに変わりはないけど……。
でも、あの人以外に私の父親はいない。私は、そう思う。
* * * * *
「みんな、いる?」
「――涼子!」
デッキには、みんなの姿があった。降りそそぐ日差しが、何だか少し眩しい。
桃太郎は、もういなかった。……いや、目の前にいないだけで、本当は、みんなの心の中にもいるのかもしれない。
彼はきっと、私だけでなく、この世界に生きている者、全ての影の部分なんだ。
だから、彼を倒したいと願う者は皆、自分を変えたいと思っているのだ。真実を見極めるために。
「私はもう大丈夫。もう、迷わないよ」
みんなはポカンとした顔をして、こちらを見ている。まあ、それだけ言っても分かんないよね。
「さて、早く桃ヶ島に行って、色々と終わらせましょう!」