桃太郎

第十四話「秋の味覚狩り」―2―


「よいしょ……っと。あー久し振りの陸ねー」
「あんまりはしゃぎすぎないでよ、芝田」
「分かってるわよ!いちいちうるさいわね」
「秋の味覚と言えば、やっぱり松茸だな、空」
「何を言ってるんだ姉者。秋の味覚と言えば栗だ」
「オレは別に、海で秋刀魚釣って食べても充分秋の味覚と言えると思うが……」
「もう魚は食べ飽きたので、僕は猪が食べたいですね。秋ですし」
「は……?猪?」
 坂田が口にした「猪」という言葉に、一同は目をむいた。
「……坂田、何で秋の味覚が猪になるの?」
涼子が代表してそう尋ねると、坂田は逆に意外そうに聞き返した。
「あれ、皆さん知らないんですか?猪鍋」
 知らないと答えるのも癪だったので、
「まあ、それもありだな。どうやって狩るんだ、猪」
泉が現実的な方向へ話をそらした。
「えっとですねー、まず池を掘って――」
「ちょっと待て、何でそこで池が出てくるのかが、オレには全く分からないんだが」
「相変わらず鈍いですね、竹田君は。昔、そうやって猪を手に入れたんですよ。
 僕の父が庭に池を掘ったことがあるのですが、翌日、その池を見たら猪が見事に落ちていたんです」
「で、あんた達はそれを――」
「はい。美味しく頂かせてもらいました」
「へえ……私も食べてみたいな。美味そうだ」
 そう泉が呟くのを聞いて、
「……なあ、泉ってこんなに単純な奴だったか?」
「食うことに関しては貪欲だぞ、姉者は。昔から、食えるものは何でも食ってた」
竹田と空は誰にも聞こえぬように言葉を交わした。お互い苦労しそうだな、と二人は小さくため息をついた。
「とにかく、時間が無いからそれは無理だ。オレもさすがに猪のさばき方なんて知らないし」
「何だ、残念だな。ではやはり松茸にしよう」
「そうね。松茸かどうかはともかく、キノコぐらいは見つかるでしょ。アンタ達も、今日はキノコ鍋ってことで良い?」
 やっと話がまとまりそうだと、一同が肯定しようとした時だった。
「ところでお前達は、キノコの種類とか知ってるのか?」
竹田が遠慮がちに手を挙げて言った。
「知りませんよ、そんなの。みんな竹田君が知っていると思っていたのですが」
「……そうなのか?」
それはもう見事に同じタイミングで、竹田以外全員が首を縦に振った。
「オレがそんなもん知ってるわけないだろ……!」
「何だ、じゃあキノコ鍋も無理なのか」
 泉が不自然なほど淡々とそう言うのを見ると、空は青い顔で竹田を手招きした。他のものには見つからないように、さりげなく。
「……竹田、そろそろ本当に決めないと、姉者がキレる」
「そうなのか?」
「姉者の声に感情が含まれなくなったらその予兆だ。そのうち暴れ出すぞ」
「初耳だな」
「食い物に関してだけはそうなんだ」
確かに泉を見ると、表情がだんだん怒りのようなものに変わってきている。それでも笑顔なのが逆に怖い。
「よ、よし!栗にしよう!今日は栗ご飯にでもするから、さっさと栗拾いに行くか」
「そうだな!それが良い。姉者、早く拾いに行こう」
「それは良いが――どうした、坂田」
「あの……あそこにいるのってまさか………く」
「く?」
「熊、ですよね」
「熊?そんなまさか」 「だんだん近づいてきていませんか?」 「え?――うわああああああ!」  こちらに突進してくる熊から必死に逃げ、涼子たちは船に乗り込んだ。


「――で、どうするんだ?船はもう出してしまったが」
「姉者、今日はアレで我慢してくれ……」
 空が恐る恐る説得すると、
「分かった。アレだな」
意外にもあっさり泉は了承した。どうやら食べられるなら何でも良かったらしい。
「じゃあ、今日はアレだな」
「そうですね」
「そうね。――芝田、先にシャワー浴びちゃってくれる?」
「良いけど、アレって何よ」
「後で分かるわよ」


「何よみんな、私にだけ内緒だなんて……!ちょっとぐらい教えてくれたって良いじゃない。……まあ、汗かいて気持ち悪かったから、先にシャワー浴びられるのはラッキーだけど。それにしても、何か今日はお湯がいつもより熱いわね。ゆだっちゃいそう……。――ん?ゆだる?まさか………」
「芝田ー、そろそろご飯出来るわよー」
「どうしよう、みんな私を具にして雉鍋を食べるつもりね……。きっと涼子とか今頃箸持ってよだれたらしてるんだわ………!」
「芝田?……イテ」
「涼子ー、あんた私で雉鍋食べようだなんて酷すぎるわよー!しかも何勝手に入ってきてるのよ!」
「何言ってるの?というか、何でさっき私にタオル投げつけたのよ」
「とぼけないで!」
「?……ああ、アレのこと?今晩は、また魚よ」
「へ?」
「だから、今日は魚だってば」
「じゃあ、何で私に先にシャワー浴びろなんて言ったのよ」
「だってアンタ、この前竹田が魚さばくの見て、気絶しちゃったじゃない。それで準備の間、シャワーでも浴びててもらおうかと」
「……そうだったの」
「そっかー、雉鍋かー。その手があったか」
「え?」
「じゃあやっぱり今日は雉鍋に……」
「やめてーーーっ!」



*        *              *              *        *  

 翌日、涼子たちの前に大きな島が見えてきた。そこでの出来事が後の行く末に大きな意味を持つことを、涼子たちは、まだ知らない。