「よいしょ……っと。あー久し振りの陸ねー」
「あんまりはしゃぎすぎないでよ、芝田」
「分かってるわよ!いちいちうるさいわね」
「秋の味覚と言えば、やっぱり松茸だな、空」
「何を言ってるんだ姉者。秋の味覚と言えば栗だ」
「オレは別に、海で秋刀魚釣って食べても充分秋の味覚と言えると思うが……」
「もう魚は食べ飽きたので、僕は猪が食べたいですね。秋ですし」
「は……?猪?」
坂田が口にした「猪」という言葉に、一同は目をむいた。
「……坂田、何で秋の味覚が猪になるの?」
涼子が代表してそう尋ねると、坂田は逆に意外そうに聞き返した。
「あれ、皆さん知らないんですか?猪鍋」
知らないと答えるのも癪だったので、
「まあ、それもありだな。どうやって狩るんだ、猪」
泉が現実的な方向へ話をそらした。
「えっとですねー、まず池を掘って――」
「ちょっと待て、何でそこで池が出てくるのかが、オレには全く分からないんだが」
「相変わらず鈍いですね、竹田君は。昔、そうやって猪を手に入れたんですよ。
僕の父が庭に池を掘ったことがあるのですが、翌日、その池を見たら猪が見事に落ちていたんです」
「で、あんた達はそれを――」
「はい。美味しく頂かせてもらいました」
「へえ……私も食べてみたいな。美味そうだ」
そう泉が呟くのを聞いて、
「……なあ、泉ってこんなに単純な奴だったか?」
「食うことに関しては貪欲だぞ、姉者は。昔から、食えるものは何でも食ってた」
竹田と空は誰にも聞こえぬように言葉を交わした。お互い苦労しそうだな、と二人は小さくため息をついた。
「とにかく、時間が無いからそれは無理だ。オレもさすがに猪のさばき方なんて知らないし」
「何だ、残念だな。ではやはり松茸にしよう」
「そうね。松茸かどうかはともかく、キノコぐらいは見つかるでしょ。アンタ達も、今日はキノコ鍋ってことで良い?」
やっと話がまとまりそうだと、一同が肯定しようとした時だった。
「ところでお前達は、キノコの種類とか知ってるのか?」
竹田が遠慮がちに手を挙げて言った。
「知りませんよ、そんなの。みんな竹田君が知っていると思っていたのですが」
「……そうなのか?」
それはもう見事に同じタイミングで、竹田以外全員が首を縦に振った。
「オレがそんなもん知ってるわけないだろ……!」
「何だ、じゃあキノコ鍋も無理なのか」
泉が不自然なほど淡々とそう言うのを見ると、空は青い顔で竹田を手招きした。他のものには見つからないように、さりげなく。
「……竹田、そろそろ本当に決めないと、姉者がキレる」
「そうなのか?」
「姉者の声に感情が含まれなくなったらその予兆だ。そのうち暴れ出すぞ」
「初耳だな」
「食い物に関してだけはそうなんだ」
確かに泉を見ると、表情がだんだん怒りのようなものに変わってきている。それでも笑顔なのが逆に怖い。
「よ、よし!栗にしよう!今日は栗ご飯にでもするから、さっさと栗拾いに行くか」
「そうだな!それが良い。姉者、早く拾いに行こう」
「それは良いが――どうした、坂田」
「あの……あそこにいるのってまさか………く」
「く?」
「熊、ですよね」
「熊?そんなまさか」
「だんだん近づいてきていませんか?」
「え?――うわああああああ!」
こちらに突進してくる熊から必死に逃げ、涼子たちは船に乗り込んだ。
「――で、どうするんだ?船はもう出してしまったが」
「姉者、今日はアレで我慢してくれ……」
空が恐る恐る説得すると、
「分かった。アレだな」
意外にもあっさり泉は了承した。どうやら食べられるなら何でも良かったらしい。
「じゃあ、今日はアレだな」
「そうですね」
「そうね。――芝田、先にシャワー浴びちゃってくれる?」
「良いけど、アレって何よ」
「後で分かるわよ」
「何よみんな、私にだけ内緒だなんて……!ちょっとぐらい教えてくれたって良いじゃない。……まあ、汗かいて気持ち悪かったから、先にシャワー浴びられるのはラッキーだけど。それにしても、何か今日はお湯がいつもより熱いわね。ゆだっちゃいそう……。――ん?ゆだる?まさか………」
「芝田ー、そろそろご飯出来るわよー」
「どうしよう、みんな私を具にして雉鍋を食べるつもりね……。きっと涼子とか今頃箸持ってよだれたらしてるんだわ………!」
「芝田?……イテ」
「涼子ー、あんた私で雉鍋食べようだなんて酷すぎるわよー!しかも何勝手に入ってきてるのよ!」
「何言ってるの?というか、何でさっき私にタオル投げつけたのよ」
「とぼけないで!」
「?……ああ、アレのこと?今晩は、また魚よ」
「へ?」
「だから、今日は魚だってば」
「じゃあ、何で私に先にシャワー浴びろなんて言ったのよ」
「だってアンタ、この前竹田が魚さばくの見て、気絶しちゃったじゃない。それで準備の間、シャワーでも浴びててもらおうかと」
「……そうだったの」
「そっかー、雉鍋かー。その手があったか」
「え?」
「じゃあやっぱり今日は雉鍋に……」
「やめてーーーっ!」
* * * * *
翌日、涼子たちの前に大きな島が見えてきた。そこでの出来事が後の行く末に大きな意味を持つことを、涼子たちは、まだ知らない。