涼子たちは、補給のため、その島に立ち寄りました。
全長10キロメートルほどの楕円形をした島です。その中央には大きな洞窟があり、そこで取れる鉱物が、この島の主な資源となっています。
「あー、これでやっと魚以外のものが食べられそうね!」
涼子は船から下りると大きく伸びをして、辺りを見回しました。
ここは港の市場です。魚が次々と水揚げされる音、威勢の良い競りの声、食欲をそそるタレの焦げる匂いなどが、活気良く周囲に飛び交っていました。
「魚以外ってお前な……。どうせ回りは海だろうが」
「そうですよね。採れる物はさほど変わらないかと」
「竹田も坂田も文句言わない!とりあえず、腹ごしらえからね」
涼子は目に入った食堂に、一目散に駆けていきます。
「何だ、あの店で食べるのか?」
声だけ聞くと落ち着いている泉だったが、その手には屋台で買い集めた軽食が抱えられていました。軽く5人前はあります。
「姉者……いつの間に」
「美味いぞ。お前も食べるか?」
「いや、姉者が全部食べて良い……」
「そうか、すまないな」
口をもぐもぐさせながら、泉は涼子の入っていった店に向かいます。
「ねえ空、泉のやつ、まだ食べるつもりなの?」
「だろうな……」
少しげっそりとした空に耳打ちした芝田は、何とも微妙な表情を作りました。そうこうしている内に、待ちきれなくなったのか、涼子が店からすごい勢いでやってきて、竹田と坂田と芝田と空を引っ張って店に連行していきました。
「……全く、あの盗賊共ときたら!とうとうウチにも来やがったんだぜ!」
「へえー、お宅もかい。――統領のご子息だか知らねぇけど、良い気なもんだね」
「こっちは迷惑してるって言うのによ!」
カウンターで店主に向かってわめく中年のおじさんの声をBGMに、涼子たちはテーブル席で優雅に、そして黙々と箸を進めています。蒲焼にされたウナギに秘伝のタレをかけた特製の丼は、あっという間になくなっていきます。
「ご馳走様!」
いち早く食べ終わった涼子は、席を立つと、現在進行形で怒鳴っている中年のおじさんに話しかけに行きました。
「おっ、あんたら旅の人かいっ?ちょっと俺の話を聞いてくれ!」
相変わらず大声で喋るその様に呆れつつ、竹田達も、涼子とおじさんの会話に耳を傾けました。
「私で良ければ聞きますよ」
「有難うな、姉ちゃん!」
おじさんは涼子に向けて二カッと笑います。眩しすぎますおじさん。顔ではなく、頭部が。涼子は必死で笑いを堪えていますが、席が離れている坂田と芝田は大爆笑です。周囲から、冷たい視線が浴びせられます。
「実はよぉ、ここ最近、島のありとあらゆる店が盗賊に入られてるんだ……。品物が盗まれたり、金を取られたり、もう散々だ!だがその盗賊共を束ねている頭が統領の息子でよぉ、その所為で俺たちゃ何も出来ねぇ!
なあ、姉ちゃん達、旅の人だろ?何とかしてくれねぇかっ?」
必死に頼むおじさんに、涼子は同情を隠せません。それを見かねた竹田は代わりに、
「あー、オッサン、悪いがオレ達急いでるんだ。助けてやりたい気持ちは山々だが、その話を引き受けることは出来ない」
きっぱりと断りました。しかしおじさんは諦めません。いきなり床に土下座すると、
「なっ!頼む!この通りだ!」
「お、おじさん、顔を上げて下さい。ねっ?」
涼子はなんとかそういうと、おじさんの肩に手を置きました。こういうシーンではお約束の台詞ですが、今回は訳が違います。おじさんの頭に反射した光が、涼子たちを直撃していました。新手の拷問です。
「ちゃんとそれなりのお代も用意するから!だから頼む!」
「あの、えーっと……」
「――もしかしておっさん、タオル屋の主人か?」
そう会話に割り込んできたのは、店に入ってからずっと無言だった空です。
「ああ、そうだが……。兄ちゃん、それがどうかしたのか?」
返答を聞いた途端、空は顔を輝かせて、声だけは落ち着いて言いました。
「その依頼、引き受けよう」
意外な人物からの意外な言葉に涼子たちは開いた口がふさがりません。泉だけは一人、ため息を吐いて
「やっぱりな………。あのタオルマニアが…」
すっかり手が止まっている竹田達の丼をこっそりと食べ始めました。