おじさんの店は、質素な造りのタオル屋でした。軒先から店内まで、実に様々な種類のタオルが、吊るされたり、棚に並べられたりしています。タオルにはよくあるような水玉模様やシマ模様、ヒヨコ柄といった可愛らしいものから、リアルな人間の顔が刺繍されている物まで、もう何でもありです。
「おっさん……良い趣味してるな」
そう感心して呟く空以外は、何だか居心地が悪そうです。
「約束通り、盗賊を退治してくれたらその中から好きなだけ持って行って良いぞ!」
いらねー、と心の中で呟きます。空以外。芝田は若干引きつった笑みで、それにしても、と話題を変えます。
「よくそのおじさんがタオル屋だって分かったわね」
「名札が付いてた」
確かにおじさんの胸元には、「タオル屋・源平{ゲンペイ}」と書かれた名札があります。
「オッサン、源平って言うのか」
「おうよ!まあ、みんなは気軽に“源さん”とでも呼んでくれ!」
源さんはそう言って、二カッと笑います。よく見ると、前歯の間にホウレン草が挟まっていました。
「仕方ない、引き受けたからにはしっかりやらないとね!」
涼子が気合を入れた、その時です。
ガシャーン、という店の窓ガラスが割れる音と同時に、数人の男が店内に飛び込んできました。
「お前達は……!」
源さんが魚のように口をパクパクさせている間に、男達は手早く店内を漁っていきます。
その中の一人――サングラスをしたアフロヘアーのごつい男――は、涼子に気付くと足を止めました。そしてその顔を覗き込むと、
「……嬢ちゃん、俺の女にならねぇか?」
「はあ?」
いきなりプロポーズをしました。涼子だけは止めた方が良いと、涼子をよく知る者達は思いました。
一同が呆然としている内に、
「――え?」
アフロ頭は涼子を軽々と肩に担ぎ上げました。
「よし、今日はこの女だけで勘弁しといてやる。――野朗共、ずらかるぞ!」
「ちょ、ちょっとーっ!」
涼子の反論を無視して、男達は今度は堂々と出入り口を通って出て行きました。足だけは無駄に速く、見る見るうちに盗賊達は遠ざかっていきました。
「悪いな、兄ちゃん達……。まさかあの姉ちゃんが連れて行かれちまうとは思わなくってよぉ………」
「――くそっ!」
竹田は悪態をつくと、店を飛び出した。。
「ちょっと竹田!」
「待って下さい!」
芝田と坂田は必死に追いかけると、その肩をつかんだ。
「何だよっ!」
「竹田君、落ち着いて下さい!」
「そうよ!あんた一人で行って、何が出来るって言うのよ!」
「――っ!」
返す言葉のない竹田は、しばらくそこに立ち尽くしていた。
やがて店から、泉と空、そして源さんが走ってきた。
「竹田、焦る気持ちは分かるが、涼子なら大丈夫だ」
「ああ。あれは多分、俺よりも強い」
それを聞いて、竹田は少し微笑んだ。しかし、
「――お前ら、涼子の心配よりも、あのアフロ共を心配した方が良いんじゃねえか?」
気がつくと、三メートルほど先に男の子が立っていた。紫がかった黒髪を、頭の高い位置で止めている。
「このままじゃあ、死ぬぞ。アフロの方がな」
それを聞いたおじさんは、顔を真っ青にしていた。
「ちょっとーっ!離しなさいよー!」
涼子はアフロ頭に抱えられたまま、洞窟を進んでいました。途中何度もアフロ頭に歯向かっていたので、流石の盗賊たちもその度胸に恐れをなし始めていました。
「なあ嬢ちゃん……そろそろ俺の頭殴るの止めてくれねぇかな…?もう痛くて痛くて……」
「うるさいわね!ならさっさと離しなさいよ!」
アフロの中には、大きなタンコブがたくさんありました。
「――どういうことだ。そもそも、お前は一体……」
「言った通りの意味だし、名乗るほどの奴でもねぇよ」
竹田の問いに簡潔に答えると、男の子は背を向けて歩き出した。竹田がそれを止めようとすると、男の子は自ら立ち止まって、顔だけを振り向かせて言った。
「……おっと、言い忘れてた。あいつらは島の洞窟にいるぜ。
あと、涼子のことは、あんまり信用しない方が良い。あいつはそんなに良い奴じゃないからな」
意味が飲み込めない竹田達の表情が面白かったのか、無邪気な笑い声を上げながら、男の子はその場から消えた。
「え、消えた!」
「誰だったんでしょうか……」
「ちっ………」
言葉の真意は分からなかったが、急いだ方が良いことだけは分かった。すぐに洞窟とやらへ向かおうとする竹田達に、源平は洞窟内部の地図を渡した。そして、
「じゃあ、頼んだぞ」
今までにない真剣な顔で、そう言った。