「神って…。アイツそんなに偉い人だったの?」
「アイツ呼ばわりはないだろ。……と言っても、俺だってそんなの信じちゃいないけどな」
やっと話題が見つかったアフロ頭は、これ幸いとばかりに自分の知っていることを語り始めます。
「親父が信者なもんだから色々知ってはいるけどな。何でも、荒れ果てていたこの地に桃太郎がやってきて、双生石や草花をもたらし、最後にヒトを創ったそうだ。
本当にそうかは知らねぇけど、この島以外にも、桃太郎を神として崇める地域もあるらしいぜ」
「そうだったの……」
“林{リン}の村とは大違いね……”涼子はそう思うと、少し切なくなりました。林たちは今どうしているだろう。あの時旅を続ける道を選ばなかったら……。
しかし涼子は気づいていました。恐らく、林たちにはもう会えないだろうということを。必ず帰るというあの約束を、果たせないということを。
「……色んな場所があるのね」
「ん?ああ、桃太郎のことか。確かに、どう思うかなんてその土地や人によって違うけどな。だけど――」
アフロ頭は涼子を見ると、ニカッと笑って言いました。
「広いからなぁ、世界は」
よく見ると、その前歯の間にはホウレン草が挟まっていました。
芝田と空を残して洞窟の奥へと進んでいく一行は、
「……これは、マズイな」
「どうした、泉」
「地図が途中で消えている」
厄介なことになっていた。
源平に渡された地図は、洞窟の途中でぷっつりと途絶えていた。
「あー、日焼けでもしたか?」
「結構古い感じの地図ですし……」
目の前の道は、三つに枝分かれしていた。
「アンタは……どうして盗賊になろうなんて思ったの」
「………金を、稼ぎたかったんだ」
「どうして」
「俺の親父厳しくてよぉ、ガキの頃から小遣いなんて、びた一文くれやしねぇ。それどころか、“お前は俺の跡継ぎなんだから”とか言って、バイトもさせてくれないんだぜ?なのに自分は好きなことしやがって!あんなタオルの趣味も俺は嫌いだ!」
「あれ、アンタのお父さんって……この島の統領さん、だっけ」
「俺はあんな職になんて就きたくねぇ!上から人を見下ろす地位なんてまっぴらごめんだ!だから、俺は……」
アフロ頭はそう言うと、大きな声で泣き始めた。
「ったく、今度はこっちか?」
「そんな滅茶苦茶に曲がっても辿り着けないだろう」
「そうですよ。一度冷静に考えましょう」
竹田達は、一言で言うと迷っていた。地図はもはや使い物にならないので、目印として道が三つに分かれていた場所に置いてきた。しかし何度も同じところに戻ってきてしまうので、竹田はかなり苛立っていた。
「おい坂田、お前臭いで涼子のいる所まで辿れないのか」
「色んな臭いがありすぎて無理ですよ」
「手がかりになりそうなものもなし、か」
不安が一同を包み込む中、坂田が口を開いた。
「……そもそも、涼子さんを助け出すことに意味があるのでしょうか」
意外な言葉に、竹田は思わず坂田の胸倉を掴んだ。
「お前、何言ってんだよ!」
「さっき会ったあの男の子、言ってたじゃないですか。“アイツはそんなに良い奴じゃない”って。……涼子さんは、僕達に何か大切なことを隠している気がするんです」
冷静に答える坂田に、竹田は怒りを隠せなかった。何故自分がそこまで苛立っているのか考える余裕もない。ただ分かるのは、涼子を取り戻したいという、その気持ちだけだった。
「じゃあお前は、オレ達に隠していることは何もないとでも言うのか」
低く言い放たれた言葉に、坂田は息を飲んだ。
「行くぞ」
見かねた泉がそう声をかけると、竹田は真っ直ぐ歩き出した。その背中を見ながら、
「……知らない方が良いことも、たくさんあるんですよ………」
誰に言うわけでもなく、坂田は呟いた。そして少し遅れて、竹田の後に続いた。
涼子は、泣き止まないアフロ頭を見ると、唄い出した。
その声は、雲一つ無い青空のようだった。
洞窟の中で双生石が反射した。その石が発するもう一つの声と共に、歌はどこまでも響き渡った。