「これは……歌?」
「涼子の声だ!」
「間違いなさそうですね」
「坂田、涼子の声がする場所、分かるかっ?」
「はい、こっちです!」
「歌……。涼子の声よね?」
「そうだな」
芝田は目を閉じて、その歌に聴き入っていた。空もかすかに反響するその声に耳を澄ませながら、芝田の肩の震えが止まったことに気付いた。
洞窟中に響き渡った歌声に、アフロ頭は顔を上げ、たった今唄い終えた涼子に言った。
「やっぱりお前、俺の女になれ」
それは最初に言った時とは違う、真摯な想いがこめられたものだった。しかし涼子は、少し困ったような表情でアフロ頭を見つめた。
「私なんか、やめといた方が良いわよ」
「何でだ?お前の歌、すごく綺麗だった。歌だけじゃない、お前自身が、俺はとても気に入ったんだ」
「綺麗なんかじゃないわよ……」
涼子は自分の手を見ると、独り言のように呟いた。
「私のこの手は、もうとっくに赤く染まっているもの。――だから」
そして辺りの盗賊たちを見回すと、
「今更この手が赤く染まることを、私は躊躇したりはしないのよ」
獲物を見つけた獅子のように、獰猛な笑みを浮かべた。
「覚悟は出来た……?」
「涼子っ!」
「あ、竹田。遅かったじゃない」
竹田達は奥ノ間に着くと、とんでもない光景を目にした。
「これ、涼子さんがやったんですか……?」
そこには盗賊たちが倒れており、涼子たち以外に、動いている者の姿は、無かった。
「……気絶しているな」
泉がアフロ頭の脈を測りながらそう言った。
涼子たちは、手分けして気絶している盗賊たちを縛り上げました。全ての作業が終了した頃、ようやくアフロ頭は目を覚ましました。
「……親父の方が、一枚上手だったか……」
盗賊たちに案内させながら、今度は迷わずに洞窟を抜けました。途中で芝田と空も合流し、外に出た頃には、もう日がすっかり傾いていました。
「あ、そうだ涼子さん」
店へと戻る途中、坂田がふいに声をかけました。
「また聴かせて下さいよ、あの歌」
「……ヤダ」
「何でよ!悔しいけど、私よりもずっと上手かったわよ」
恥ずかしそうにそう言う芝田を見ると、
「じゃあ、みんなでもとの世界に帰れたらね」
涼子は笑顔で言いました。
* * * * *
「じゃあ源さん、この国の統領だったんですかっ?」
涼子は目を丸くして、源さんを見つめた。どう見ても、この人がそんなに偉い人には見えません。
「おう!俺はタオルが好きすぎてなあ。こうしてお忍びでこの店を始めたんだ。島のみんなには内緒だぞ」
「ああ、そうですか……」
そんな話をしているうちに、空が嬉しそうな表情で一枚のタオルを持ってきた。
「姉者、良いタオルを見つけた」
「ん?空、お前それにしたのか……?」
「ああ。姉者の分もあるぞ」
「わ、私はいいよ……。空だけもらっていきなよ」
空にそのタオルを見せられた泉は、明らかに動揺していた。そのタオルには、アウストラロピテクス(猿人の一種)が笑ってピースしているとんでもない柄が丁寧に刺繍されていた。
「お、兄ちゃん趣味良いな」
どこがだっ、というツッコミを、空以外の一行は声に出さぬように堪えた。
「じゃあ私達、これで失礼しますね」
「おう!気をつけてな!」
「あ、それと源さん」
「ん?」
「息子さんと、ちゃんと話し合ってくださいね。自分の意見を押し付けるだけだと、きっといつか、その関係が絶えてしまうので」
「……?……分かったよ。ありがとな、姉ちゃん」
夕日の所為か、海は真っ赤に染まっている。
しかしその赤はきっと絶望の色ではないと、涼子は信じたかった。