「ねえ、実際のところ、戦って一番強いのって誰なの?」
それは、芝田のそんな些細な一言で始まった。
「それでは、『第一回、一番強い奴は誰でしょう?船上の格闘王決定戦』を始めまーす!司会、審判を務めますのは、私、芝田です!」
はしゃぐ芝田をよそに、竹田達はそろって意気消沈していた。
――絶対涼子が優勝だって……。
というのは、一同の大方の予想である。涼子と戦いたくない芝田は、
「私、言いだしっぺだから司会と審判やるわね」
と、早々に出場を辞退している。他の者もそれに倣いたかったが、
「面白そうね。もちろん、みんな参加するよね?」
笑顔の涼子にそう言われ、半ば強制的に参加となった。
「試合はトーナメント形式!デッキの床ににさっき描いたばかりの、この直径1キロメートルの円の外に、相手を先に出した方が勝ち。飛び道具を使わなければ、どんな手を使っても良いわよ。因みに、参加人数が五人のため、涼子にはシード枠が与えられます!それでは第一試合、坂田VS泉、準備は良いわね?」
坂田も泉も全く乗り気ではないのだが、涼子が念入りに準備体操をしながらも試合に目を光らせているので手は抜けない。
「本気を出さないと涼子さんに半殺しにされそうなので、全力で行かせてもらいますね」
「それはこちらの台詞だな。年下相手に本気を出すのは大人気ないが、仕方ない。悪く思うなよ」
お互い笑顔なのが返って怖い。
「では、第一試合、スタート!」
泉は両手を体の前に構えると、円のラインギリギリまで後退した。坂田も流石に安易にそれを追うようなことはせず、泉の動きを注意深く目だけで追っている。
「姉者はともかく、戦い慣れしているな、あいつも」
「ああ。正直、オレも意外だ」
竹田と空は、次の試合で戦うことが決まっているのだが、今は仲良く二人の試合を観戦している。
「そう言えばお前ら、誰から戦い方を教わったんだ?」
「俺たちか?昔から姉者と取っ組み合いの喧嘩をしていたから、基礎はそこで出来たんだろうが………本格的に教わったのは師匠からだ」
「師匠、か……」
「ただ、何故か顔は思い出せない。それ程前のことではないはずなんだが……」
そんな話をしている間も、円の中の二人は一向に動こうとしない。芝田は動かない試合にイライラしていたが、涼子は慣れた様子で、泉達を見守っている。
「泉さん、戦いで一番大切なことって、何だと思いますか?」
坂田は不敵な笑みを浮かべ、そう尋ねた。無論、その程度のことで集中を切らす泉ではない。
「愚問だな。敵に背を向けないこと。それが一番大切だと、私は思っている」
「あなたらしいですね」
泉は気付かれぬよう、右足に力を入れた。
「ではこちらからも同じ事を問おう。お前にとって、戦いで一番大切なことは何だ」
坂田は左手を顔の前に構えながら答えた。
「敵に弱みを見せないことですよ」
そして坂田は、観ている方は追うのが精一杯というスピードで泉に接近し、左手で泉の右手を掴んだ。
泉はそれを待っていたかのように、右足で坂田の左足を内側に払った。それと同時に、掴まれた右手を自分の身体に引き寄せる。泉にバランスを崩された坂田は、掴んでいた手を離して間合いを取ろうとしたが、それは泉の読みの内だった。
坂田が泉の右手を離した途端、泉は左足を軸にして、その腹に回し蹴りを食らわせた。
泉がラインギリギリに陣取っていたため、坂田の身体は、それほど足に力を入れなくても円の外に倒れた。
「しょ、勝者、泉ー!」
時間にしてわずか五秒間ほどの出来事に目を丸くしながら、芝田はそう判定した。
坂田は円の外で身体を起こすと、軽く咳き込みながら、自分の腹をさすった。
「あまり力は入れないようにしたんだが、痛むか?」
泉は慌てて坂田のもとに駆け寄ると、手をとって坂田を立ち上がらせた。
「これぐらい、すぐに治りますよ。おかげで骨に異常は無いようなので」
泉はそれを聞いて安堵したが、すぐにその表情は曇った。
「どうしたんですか?」
「……勝ったという事は、涼子と戦う可能性があるという事だよな……」
それを聞いた坂田は、負けて良かったと心の底から思った。
* * * * *
「何やってんのよ、涼子達ったら」
戦場で繰り広げられる戦いを、犬に羽でも生えたような見た目のそれは、少し離れた上空から呆れた様子で見ている。
「アタシがが久しぶりに見に来てやったのに、仲間内で物騒なことしちゃってさー」
「――まあ、やりたいようにさせておくと良いよ」
何処かから、男の声が聞こえた。しかしそれは、涼子たちには届かない。
「私達の予想をあの子達がどう裏切ってくれるのか、楽しみだ」