「では、一回戦第二試合、竹田VS空の試合を始めまーす!」
そう高らかに宣言する芝田とは裏腹に、竹田と空は、暗い表情で円の内側に立った。お互い、一言も口を開こうとはしない。
「第二試合、スタート!」
勝負は一瞬だった。
芝田の合図と同時に、二人は相手に突進し、丁度円の中央で、互いの蹴り技が決まった。
勢いよく弾き飛ばされた竹田と空は、ラインぎりぎりに何とか留まったかのように見えた。しかし、
「勝者、空!」
「なっ!」
「竹田、尻尾が三ミリ出てるわよ」
その長い尻尾の所為でラインを超えてしまった竹田が敗者となった。
「――で、やっと私の出番ってわけね」
円の向こうでそう言った涼子と対峙したのは、
「……出来ればこれだけは避けたかったな……」
まるで人生のどん底に立たされたような表情の泉だった。空と組み合わせを決めるためのじゃんけんをして負けた結果がこれである。
「しかし、じゃんけんでは負けたが、試合に負けるわけにはいかない」
それでも何とか立ち直ったのか、涼子を見つめる瞳に生気が宿った。
「両者、準備は良いわね?――では、準決勝、涼子VS泉、スタート!」
そう合図をし終えた芝田は、ものすごい速さで円から離れた。
先に動いたのは涼子だった。
泉との間合いを詰めると、地面に手を着き、体勢を低くする。そして蹴りで泉の足を払おうとするが、流石にこれは泉にかわされた。
一方の泉は飛び上がって攻撃をかわした勢いに身を任せ、涼子にかかと落しを食らわせようとした。しかし涼子はそれを避けようとはせず、逆に泉の足を掴む。
泉は不敵に微笑むと、
「らぁっ!」
掴まれていない方の足で、涼子の肩を、思いっきり横に蹴飛ばした。
もろに攻撃を食らった涼子は、しかし動きを止めたりはしなかった。尋常ではない速さで身を翻すと、泉の背後に回った。
勝負の分かれ目は、ここだったのだろう。
着地した泉は、背後の涼子を認識するのが、一瞬遅れた。その隙に涼子は、泉の首の後ろのあたりに、手刀を食らわせた。
急所を攻撃され、流石の泉も意識を保っていられなかった。気を失った泉は、涼子に抱えられ、ラインの外にそっと横たえられた。
「姉者!」
空は血相を変えて駆け寄ってきたが、
「大丈夫、息はしているから」
涼子にそう言われ、安心してその場に座り込んだ。少し遅れて駆け寄ってきた竹田達も、それを聞いて安堵した。
「そういえば、涼子、お前肩は大丈夫なのか?」
少し後、思い出したように竹田は尋ねた。
「心配ないわよ、これぐらい」
涼子は笑顔でそう返したが、
「痛っ」
蹴られた箇所を竹田に触られると、顔をしかめた。
「結構腫れてるんだが……。こんなの平気なわけないだろ、馬鹿」
「うるさいわね!本人が大丈夫って言ってるんだから良いじゃないの!」
尚も反論する涼子に竹田は呆れ、
「芝田、救急箱持ってきてくれ。ついでに空、泉を医務室に運んどけ。このまま炎天下にさらすのも良くないだろう」
ため息をつきながらそう言った。
医務室に続く階段を下りながら、
「……俺、姉者が負けるところなんて、久しぶりに見た」
空はポツリと言った。芝田は、空が自分から話しかけたことに驚きつつ、
「でも私、涼子が攻撃される場面なんて初めて見たわ」
努めて明るく返した。芝田自身、涼子と泉がこれほどまでに強いとは思っていなかった。そして二人に、越えるには高すぎる壁を見たことにも、落胆せずにはいられなかった。
空も、何かに落ち込んでいるのは明らかだった。だが、気を使ってだろう、話しかけてくれたことが、嬉しくて、しかし差を見せつけられたようで悔しくもあり、芝田は明るさを装った。
暗い通路を通り、医務室に向かう間の、互いに気を使いあう会話はぎこちなくもあったが、確実に二人の気分を和らげた。
「今、空が泉を看てるから、あっちは大丈夫だと思うわ。泉の意識も戻ったし」
「そうですか。芝田さんも、少し休んでて良いですよ。涼子さんは、竹田君が手当てしていますし」
デッキで潮風に吹かれながら、芝田と坂田は海を眺めていた。ちなみに、涼子が負傷したため、試合は延期になった。
自動操縦の、のんびりした速度の船が進む先を眺めていると、
「……芝田さん、あれ――」
「え………?」
「大変です、涼子さん、竹田君!」
「空、泉、大変よ!」
ほぼ同時に、二人はある事実を告げる。
「桃ヶ島が!」
一同がデッキに集まり、その島を見た。
それは、あまりにも分かり易すぎる。
桃の形をした、大きな島だった。