神様という存在が在るならば、それは酷く残酷なモノだと、私は思う。
そんな役回りを今自分が演じていることに自嘲しながら、私は涼子たちが島に足を踏み入れるのを、モニター越しに眺めている。
* * * * *
桃ヶ島は、とても大きな島だった。
島の中央にドームがあるだけの、他には広大な森しかない島だったが、そこに辿り着くまでには、丸一日歩かなければならなかった。
涼子たちは森の中を進みながら、どうやって桃太郎を倒すのか話し合った。
「やはりまずは、桃太郎の弱点を探るべきだと思うのだが……」
「泉さんの言う通りですね。鬼ヶ島には、何か手がかりはなかったんですか?」
「残念ながら、何もなかった」
じっと何かを考え込んでいたらしい涼子は、芝田に目を向けると、
「じゃあ、芝田に偵察に行ってもらいましょ。上空からなら、何か分かるかもしれないし」
「私がっ?」
芝田は、明らかに動揺していた。歩くことすら忘れ、その場でぽつりと言った。
「………無理よ、そんなの」
「え?」
皆の視線が、芝田に注目した。そして芝田は、拳を強く握ると、意を決したように、
「だって私――飛べないもの!」
それだけ言うと、進行方向とは別の方向へ走っていった。
* * * * *
飛べない鳥は何も出来ない――。
そんな事、前から分かってた。
でも、飛べないこと、その事実を口にするだけで、こんなにも心が痛むなんて……。
前みたいに、「もういらない」って捨てられそうで、すごく、怖かった。
飛べない理由は、きっと、あの峠で封印してきた私の記憶の中にある。
でも、今はまだ、向き合うのが怖いから……。
それでも、捨てないでほしいの……。
「そんな都合の良い話、通用すると思うのか?」
背後からした声に振り返ると、そこには以前立ち寄った島で会った、あの男の子の姿があった。紫がかった黒髪の男の子。よく見ると、涼子に少し似ていた。
「予言してやるよ。お前は今に飛ばなきゃいけなくなる」
「なっ……」
男の子は、唇の端を吊り上げて笑った。
「これは神の予言だからな。絶対に外れない」
「神って……あんたのこと?」
「まさか。……そうだな、陰険眼鏡野郎には気をつけろ。研究者っていうのは、自分の欲望には忠実なんだ」
男の子はまたも訳の分からない言葉を残すと、私の前から姿を消した。
……予言って何よ。神様なんかに、そんな事勝手に決められてちゃ、やってられないわ。
でも、完全に否定できないのは何でだろう。
心の片隅にもやもやしたものを抱えていると、涼子たちが顔色を変えてやってきた。
「芝田!ちょっとこれ見てよ!」
そう言って涼子が開いた手の中では、小さな犬のような生き物が気絶していた。
「これ、ももまん、久しぶりに見た!」
興奮しているのか、涼子は片言になっている。
「ももまん……?」
「涼子さんがこの世界に来た時に会ったらしい、変な生き物ですよ」
「芝田を探してその辺を走り回ってたら、涼子が盛大に踏んづけたんだ。全く、毒蛇とかだったらどうするつもりだったんだ、お前は」
「悪かったわね、盛大で。そういう竹田だって、木の根っこに引っかかって転びそうになってたじゃない!」
涼子たちがまくし立てる中、泉と空は、真っ直ぐにドームを見つめていた。ドームというより、それはもっと別の――。
「あーもう五月蝿いわねー相変わらず!」
すると近くで、私たちのものではない高い声が聞こえた。見ると涼子の手の中のももまんが、意識を取り戻していた。
「あ、ももまん。久しぶり」
「何よその薄い反応は。まあ、これから戦う相手と馴れ合うつもりはないけど」
涼子がその言葉に首をひねっていると、ももまんが眩い光に包まれた。よくある変身物のアニメのような、必要以上にキラキラした演出があった……と思う。
しかし光から開放されたももまんが言った台詞は、正義のヒーローのそれではなく、
「残念だが、お前たちはここでゲームオーバーだ!」
むしろ悪役の決め台詞だった。
その姿も、さっきまでの犬のような姿ではなく、
「あんたはさっきの……」
「桃太郎、なの……?」
涼子に似た、紫がかった髪の男の子だった。
* * * * *
さあ、役者は揃った。
始めようか、彼らの行く末を決めるゲームを。
私が創った、この舞台{セカイ}の上で。