桃太郎

第十八話「閉幕への序曲」


「……つまり、ももまんはアンタの仮の姿で、ずっと遠くから私達を監視してたってこと?」
「そういうことになるな」
 自信に満ちた表情で、桃太郎は答えた。質問をする涼子の後ろでは、竹田達が鋭く目を光らせている。
「ももまん、男だったの?」
「だからももまんは、もうどうでも良いだろう!今の俺は桃太郎だ」
「じゃあアンタ……おかまだったのね!」
「何でそうなるんだよ!それにアレは……俺を創った奴の趣味だ!」
しかし二人の会話は、全く空気が読めていなかった。
 そんな中、
「――!」
ドームに視線を送った泉は、息を呑んだ。
「いない……」
その言葉に、空は素早く反応した。突然緊迫した動きを見せた二人に、流石の涼子も会話を止めた。
「泉、空、何があったの?」
「いないんだ……」
先ほどと同じ意味の言葉を繰り返す泉に、涼子達は訝しげな表情を見せた。
 しかしその言葉の真意は、すぐに姿をとって現れた。
「引率ご苦労様、涼子」
「……!」
 誰も、気がつかなかった。
 涼子の背後に、男が一人立っていることに。
「お前は……!」
 気配をさせずに姿を現したその存在は、
「まるで神のようだ、とでも言いたそうな顔されてるぜ、涼」
「フフ、それは私への皮肉かな?」
後ろで結んだ長い三つ編みをなびかせて、余裕の笑みを浮かべた。
「初めまして……とでも言うべきかな?まあ、久しぶり、の方が正しいけど」
 突然のイレギュラーに唖然とする中、芝田はあることに気付いた。
「――ねえ、涼子。引率…って、どういうこと……?」
その言葉に、皆はハッとした。涼の出現に気を取られて、そこには思い至らなかった。
「答えてよ、涼子!」
芝田の声は、まるで叫びのようで、それは同時に願いのようでもあった。否定してほしい。皆がそう思った。

 そしてその願いは、無残にも砕け散った。
 涼子自身の、言葉によって。
「……それでも私は、これが自分の意志だと信じたかった………」

 うなだれる涼子とは対照的に、涼は口元に笑みを浮かべた。
「残念だけど、これが真実だよ。君達はここで朽ちる。涼子は君達を、予定通りここで消すために、わざわざ案内してきたんだ。私に言われたとおりにね」
「嘘よ……」
芝田の口から無意識に出たその言葉は、皆の胸中を表していた。呆然としたまま動けない猿、冷めた表情で涼子を見つめる犬、忌々しげに涼を睨む鬼達、涼子から顔を背ける雉――様々な想いが、その場に交錯した。

「じゃあ桃太郎、あとは頼んだよ」
「結局他人任せかよ!」
 そして涼は、涼子と共にその場から消えた。
「また……」
再度起きたあり得ない現象に、竹田は目を見開いた。
「……この世界でのみ、アイツは万能になれる。それこそ、神にも等しい力を手に入れるからな。――誰も逆らえない」
桃太郎は、面白くなさそうに吐き捨てた。
 そして問う。
「さて、お前らには選択肢が二つある。
 涼子を取り戻し涼を倒すか、俺と共に涼子を倒すかだ」
 沈黙は、なかった。
 突然、泉と空は、桃太郎に挟撃を仕掛けた。
「何すんだよ、いきなり!」
意表を突かれながらも攻撃をかわした桃太郎に、空は舌打ちした。泉は鋭い視線を桃太郎に向けたまま言い放った。
「後者は最初から選択肢にはないよ、師匠」
「……師匠?」
 疑問符を浮かべたのは、桃太郎や泉と空以外だった。
「今思い出したよ。私たちに戦いを教えてくれた師匠の顔を。私達は、桃太郎――いや、師匠と涼を倒すために、ここまで来た。目的を履き違えてもらっては困るな」
迷いの無いその姿に、芝田はまた、越えられない壁を感じた。
「良い度胸だな。流石に俺が叩き込んだだけはある」
露骨に不服そうな表情を浮かべた姉弟を一瞥すると、桃太郎は竹田達に問うた。
「――で、お前らもそれで良いんだな?」
「当たり前だ」
「僕の目的は、初めから変わりません」
「………私は……」
 芝田だけは、そこで言葉を濁した。
 「どうした、芝田?」
怪訝そうに顔を覗き込もうとした竹田は、
「嫌っ!」
思いっきり羽で叩かれた。そのまま数メートルほど弾き飛ばされると、
「痛っ……!」
木の幹に背中を打ちつけた。
「竹田君、格好悪すぎますよ」
「うるさい坂田!」
 そのやり取りを見た桃太郎は、
「全く……相変わらず涼の設定には、誰にも逆らえないらしいな」
表情を曇らせ呟いた。
「どういう、こと……?」
 芝田はハッとして顔を上げた。
「つまりお前は、涼にこう設定されてたんだよ。最後の戦いの前に、出来るだけ仲間を負傷させろ、ってな。今の行動だけじゃない。ここに来る直前、お前らが船の上でやってたあれも、全部設定の内だ。お前は無意識の行動だと思っていたみたいだけどな」
芝田は恐る恐る、自分の羽を見つめた。ついさっき竹田を弾き飛ばした感触が、まだ鮮明に残っていた。
「有難うよ、従順な小鳥さん。お前のおかげで、俺は楽出来るかもしれないぜ」
桃太郎は嘲笑をたたえ、ふいに指を鳴らした。するとそれが合図だったのか、一同は先ほどまで目指していたドームの中にいた。
「歩く手間が省けて良かったな。まあ、これからここで朽ちるんだから、関係ないか」
 大昔のコロッセオのような闘技スペースに、不釣合いなほど現代的な観客席が備え付けられた場所だった。当然のことながら、席はひとつも埋まっていない。
「因みに、お姫様はあそこだ」
 桃太郎が背後を親指で示した。観客席のはるか上、放送席のようなガラス張りの部屋に、涼と涼子がいた。ガラスには少し色が入っていて、表情はよく分からない。
「で、俺の後ろのほうに、あの部屋へ続く扉がある。そこからとてつもなく長い階段を上がっていかなきゃならないんだが……これもお前らには関係ないか。負傷してるお前らなんて、俺一人でも充分だ」
「……ずいぶん言ってくれるじゃないか、師匠」
 泉はそういうと、一歩前に出た。
「俺たちをなめてると、いくら師匠といえども、痛い目見ることになるぞ」
そして空は、泉の隣に並んだ。
「泉、空!オレ達も……」
「下がってろ」
「私達だけで行く」
泉は振り向かずに言葉を続けた。
「師匠を越えるのは、いつだって弟子の役目だ」
 尚も納得がいかない表情を浮かべる竹田の肩に、坂田が手を置いた。
「――きっと大丈夫です」
静かなその声に、竹田は決意を固めた。
「死ぬなよ」
「私達を見くびってくれるな。必ず後から行く」
「先に行っていろ。……芝田も連れて行け」
 竹田と坂田が頷いたのを気配で察すると、泉と空は桃太郎との間合いを詰めにかかった。桃太郎はもう戦いに意識を集中していた。
「今だ!」
「行きますよ、芝田さん!」
 三人は、扉を目指して一目散に走った。姉弟の無事を祈りながら。
 そして皆で、元の世界に戻る為に。