桃太郎

第十九話「ゲームオーバー」―後―


「……当たれば、問題ないんだろう」
「姉者!」
 泉は、桃太郎の足元を蹴り飛ばした。
「ほら、当たるじゃないか」
力ない一発だったが、それは確かに、桃太郎の足に当たった。
「だが、それだけだ」
思いがけず距離をとらざるを得なかった桃太郎は、少しも狼狽してはいなかった。
「……師匠」
泉はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。わずかによろけた泉を、空が咄嗟に支えた。
「私達は、ずっと涼を倒したいと思っていた。だが先に、あなたを超えないと、大切な人は守れないようだ」
 泉の構えには、隙があった。右腕は力なく垂れ下がり、立っているのがやっとであることは、誰の目からも明らかだった。空はそれを庇うように、泉の右側に立った。
「だがどうやって超える?この、俺を」
「何故この技が『鬼翔撃』と呼ばれているのか……あなたはそれを知らない」
その言葉に、桃太郎は眉をひそめた。
「鬼の魂が翔ぶ{とぶ}ほどの攻撃、って意味だよ」
「………それがどうした」
 泉は空に、力なく微笑んだ。その頬を、一筋の涙が伝った。
「悪いな、空。結局私は、お前を守れそうにない」
空は、泉の頭にポンと手を置いた。
「馬鹿。そんなこと言うなよ、姉者」
 ――いつの間に、こんなに大きくなったのだろう。
 泉はそう思った。昔は自分より頭一つ分も小さかったのに、今では泉より大きくなっている。
「それに、俺だって姉者を守れない」
 苦笑してそう言う空を見て、泉は左手で涙を拭った。
「行くぞ、空!」
「ああ!」

 二人は、桃太郎に向かって真正面に突っ込んで行った。
「今度は正面か。俺もなめられたものだな!」
桃太郎は、泉の首を掴んだ。
「今だ……空!」
 何とか意識を保った泉の左手が、桃太郎を捕らえた。すると空は、桃太郎の頭上高く飛び上がった。
 姿を消そうとした桃太郎だったが、
「……マジかよ。くそっ、涼子のヤロー!」
そう悪態をつくと、泉から離れようとした。
「鬼翔撃!」
 繰り出された突きは、ただの突きではなかった。
「なっ……!」
「私達が、鬼の遺伝子を持っていることを忘れたのか?」
 空の腕からは、巨大な斧を持った鬼神が現れた。
「この技は、鬼が使って初めて完成する」
 鬼神は桃太郎と泉目がけて、その斧を振り下ろした。


 眩い光が消えたその場所には、誰もいない。
 残されたのは戦いの痕だけだった。

 それを見下ろす人影が二つ。
 一つは涼子。その手の中で、起爆装置のような小さな機械が握り潰されていた。
 もう一つは涼。闘技場を見下ろしたまま、微動だにしない。
「……まさか君がそちらを選択するとはね。これで二人…いや、三人ゲームオーバーだ」
研究者は、誰に言うわけでもなく呟いた。
「本当にそう思うなら、こんな所に置いておかないはずよ。――桃太郎の転移装置を」
涼子が握っていた手を放すと、金属の欠片は音を立てて床に散った。
「アナタは私を試した。桃太郎は、そのためにあなたに利用された。そうでしょう?」
 涼子の声には一切の感情も含まれていなかった。ただ淡々と、推測をを語る。涼の微笑が、それが事実であると肯定していた。
「でも君の邪魔が入らなければ、桃太郎はあの姉弟を倒せると思っていたよ。遠隔操作で桃太郎を転移させるの、結構面白かったんだけどね」
 涼子はぎゅっと、拳を握った。