桃太郎

第二十一話「失ったモノ」


 バンッ、という大きな音は、部屋の扉が開けられた音だった。
「坂田!お前、何馬鹿なことしてるんだ!」
「そうよ!あそこに転移装置があるなら教えてくれても良かったじゃない!」
「芝田……お前の突っ込みどころはそこかよ」
 その会話に、坂田は一瞬目を見開いた。その隙に涼子は、坂田の手から銃を叩き落とした。
「っ!」
涼子はそのまま、銃を坂田の手の届かないところへ蹴り払う。取りに行こうとする坂田の腕は、竹田につかまれた。振りほどこうと抵抗した坂田だったが、それが無理だと悟ると、
「……涼子さん。一つだけ教えてください」
涙ぐんだ大きな瞳を涼子に向けた。
「あなたは、自分の大切な人をなくしたことがありますか」
 涼子は目を背けず、言葉を選ぶように答えた。
「あるわ。……私は、失いすぎてしまったから」
 そして涼に向き合うと、言った。
「だからもう、失いたくないの」
あまりにも真っ直ぐなその言葉に、坂田の身体から殺気が消えた。それを表すかのように膝をついた坂田の目から、涙が溢れた。

「果たしてそれで納得してくれるのかな、彼は」
 見かねた涼はそう口をはさんだ。
「彼は昔――」
「あなたは黙っていてください!」
坂田は思わず叫んだ。涼の眼鏡の奥の瞳が、すっと細くなった。
「あなたは僕の過去を知っているようですが、それを他人の口から話されるのはごめんです。――僕の過去は、誰にも明かすつもりはありません」
 涙を拭いながら、坂田は何かを決断したように立ち上がった。
「……やれやれ。君も所詮、失敗作だったということか」
涼はわざとらしく肩をすくめた。
「しかし中でも、一番出来が悪かったのは君のようだ。……雉、いや、芝田だったかな?」
 いきなりの名指しに、芝田はビクッと肩を震わせた。
「君はまだ、自分の本当の姿と――過去と向き合えていない。そうだろう?」
「違う……私、は………」
「君の羽が使えないということが、その証拠だ」
 涼はあざ笑うかのごとく、言葉を紡いだ。
「要らないんだよ、失敗作は」
 涼がポケットからもう一丁銃を取り出すのを、芝田はスクリーンの向こう側のことだと思った。
「本当は、自分で手を下したくはなかったんだけど……仕方ない」

 自分に向けられると思っていたその銃口の先にいたのは、涼子だった。
「……涼子、これは一体何のつもりなのかな」
涼は、少し前にも言った台詞を繰り返した。しかしそこに含まれているのは、呆れではなく苛立ちであった。
 涼子は、涼と芝田の間に立っている。直線状に並ぶのは、銃と二人の少女であった。
「もう、誰も殺させない。――アナタには」
「私には、か……。本当に君は、面白い子だった」
 涼は自然な動作で、引き金に指をかけた。動じない涼子を見て、芝田の頬を冷や汗が伝う。
 言葉は、無意識に流れ出していた。
「あ、あんたは、自分の娘を殺すつもりなのっ?」
しかし涼の動作は止まらなかった。平然と照準を合わせ、
「そうだよ。元々この子は私の子ではない。――いなくなったら、また拾ってこれば良い。今までも、そうしてきた」
「今までも……だと?」
 竹田の脳裏に、弟の姿が浮かんだ。
「お前には、アイツの気持ちは分からないだろうな」
拳に力を込めると、頭にある金色の輪が光った。
「ぐあっ!」
あまりの激痛に、竹田は倒れるように、床に足を着いた。
「君達は馬鹿だな。……もういない奴のことを、いつまでも引きずっているなんて………。本当に、出来損ないだよ」
 そう言った涼の表情には、切なそうな、それでいて何かを悔やんでいるような、そんな色が浮かんでいた。
「お父さん……?」
思わず涼子が呼びかけると、涼は指に力を込め、
「殺す前に聞いておこうか。涼子、何故あの時、桃太郎の転移装置を壊した」
「泉と空を、守りたかったから」
 その目は強い光をたたえ、涼を射抜いていた。それは逃げ道を塞ぐような、嘘が許されないような、そんな瞳だった。
「や……止めろ……。そんな目で、私を見るな……!」
突然、涼の手が震え始めた。これほどまでにうろたえている涼を、涼子は初めて見た。
「お父さん?」
「止めろ…私は――っ」

 涼は引き金を引いた。

 迫り来る弾丸を前に、涼子は静かに目を閉じた。
「涼子ーっ!」
「――芝田さんっ?」
 坂田は見た。側にいたはずの芝田が、いつの間にか涼子の近くに向かっていることに。
 その羽が、大きく動いていることに。

 弾丸に貫かれた羽は、動きを止め、辺りに飛び散った。

 カラン……と、空薬莢が転がる音が聞こえた。