低くうなりをあげながら、弾丸は芝田を貫いた。
ネジの切れたおもちゃのように、芝田は床に崩れ落ちた。
「芝田ーっ!」
竹田のその声で、涼子は我に返った。そして自分が庇われたことを認識する。
「芝田!」
涼子は膝をつき、芝田の体を腕に抱いた。その腕は、がくがくと震えていた。
「芝田!芝田!」
必死に叫び続ける涼子の頬に、何かが触れた。
冷たくなりかけたその手に、涼子は自分の手を重ねた。温もりを感じたのか、芝田は力なく微笑んだ。
「芝田、生きて」
そう言って、止血をしようと芝田の胸に手を伸ばし、涼子は奇妙なことに気づいた。
芝田の胸に開いた小さな穴からあふれ出していたのは、光だった。
「……りょう、こ………」
「喋らないで!今は安静に――」
「わたし、とべた……よね…」
懸命に笑顔を作ろうとする芝田に、涼子は涙を堪えて答えた。
「飛んでたわよ!だから、まだ死なないで」
「あ、り…がと……」
芝田の手が力を失うのと反比例するように、胸の光が強くなった。辺りに散っていた黒い羽を巻き上げた風と共に、芝田は消えた。
抱くものをなくした手を握りしめ、涼子は泣いた。
周囲など気にせず、大声で泣いた。
ひとしきり泣いた後、涼子は涙を拭って立ち上がった。振り返ると、竹田と坂田がいた。二人の頬にも、涙の跡が見えた。
「涼子さん……」
「ごめん、坂田。あの時の約束、果たせないかもしれない。――もう、きっと歌えない」
坂田は何か言ったが、涼子はそれを聞かずに前を、涼を見据えた。
「私、行くね」
歩き出した涼子の肩を、
「待てよ」
竹田が強くつかんだ。
「オレも行く」
「竹田……」
「守る為の力なら、この輪も反応しないはずだ」
呆然と竹田を見上げる涼子に、
「僕にも行かせて下さい」
坂田も歩み寄った。
「これ以上、涼子さんにだけ出番を取られる訳にはいきませんから」
「坂田……」
「全く、君達は今までにない失敗作だ!自ら死を選ぶなんて、馬鹿げているとしか思えない!このゲームに取り込まれて、それで君達は満足なのかい!」
「ゲーム、ですか」
「この世界を、お父さんはそう呼んでる」
涼子はヒステリックに笑う涼を、冷ややかに見つめた。
「お父さん、もう終わりにしましょう。――アナタも私も、色んなことを知りすぎた」
「知りすぎた、だと?」
涼は笑うのを止め、忌々しげに涼子を睨み返した。
「今更だけど、私は気付いてしまった。アナタの企みを知りながら、ずっと嘘を吐き続けていた自分の心に」
「知っていたのか、全て。……信じられないな」
言葉とは裏腹に、涼は納得したような表情を浮かべていた。
「知っていたわ。このゲームの完成のために、今までもたくさんの命が犠牲になっていたことも」
「――桃太郎が教えたのか」
「半分は正解ね。桃太郎は、私の心の影の部分なんでしょう?今はここには居ないけれど……」
そして涼子は、涼に向けてにっこりと微笑んだ。
「私、アナタを殺したい」
「!」
予想だにしなかったその台詞に、涼は勿論、竹田と坂田も耳を疑った。
「桃太郎が居なくなった今だから、私は自分の本当の気持ちに気付けた。
私ね、アナタに拾われてから、いつも思ってた。この人は私を拾ってくれたんだから迷惑をかけちゃいけない、って。でも、よく考えてみたら、私はアナタに拾って欲しいなんて頼んだ覚えはなかった。
私の命はあの時尽きるはずだったのに。アナタは、自分の都合で私を生かした。それはエゴだ、とアナタは言ったわね」
そして告白は続く。
「死にたかったのよ、私。だからもう――我慢しない」
涼子は小さく、竹田と坂田に告げた。
「さよなら」
「涼子――っ!」
「涼子さん!」
涼子は、涼に向かって駆け出した。
「アナタに生かされた命の分、一発殴らなきゃ気が済まない!」
涼は逃げなかった。ただ呆然と、その場に立ち尽くしていた。
「必要ない命なんてないのよ。芝田達のこと、失敗作なんて言わせない!」
涼子は涼の手から銃を奪った。
「だって私は、芝田も竹田も坂田も泉も空も、必要としていたもの」
涼子は涼の背中に腕を回し、銃口をつけた。
「何をするつもりだ。それで撃てば、君も死ぬかもしれない」
「アナタを貫通すればそうなるかもしれないわね。でも安心して。アナタを撃った後、私も死ぬつもりだから」
涼は、涼子の小さな身体を抱きしめ、その耳に囁いた。
「君は、本当にそれで良いのか」
涼子は銃を持っていないもう片方の腕を涼の背に回し、言った。
「自分で決めたことだから」
そして、撃った。
ドスン、というくぐもった音と共に、
「上出来だ……」
涼の声が重なった。
その言葉が合図だったかのように、周りの世界が消え始めた。