桃太郎

第二十四話「death or living」


 そこにあるのは、果てしなく広がる白い闇だった。
 誰もいない、私だけがいる世界。でも、自分の姿すら見えない。
 ――私、死んだの……?
 そうとしか考えられなかった。お父さんを殺した後、私は……。
 ――望んだことだったのよ……。
 それを成し遂げることは、私が一番望んでいたはずだった。なのに、心にぽっかり穴が開いたみたいだ。
 ――じゃあお前、どうして泣いてる。
 ――え……?
 白い世界の中に、桃太郎が立っている。
 泣いている?私が?でも、頬を涙が伝う感覚がない。
 ――本当はお前、満足していないんじゃないのか。
 そうかもしれない。でも――
 ――でも私、死んだのよ!今更そんなこと……。
 ――違う。お前はまだ生きている。
 ハッとして、私は顔を上げた。いや、感覚がないのだから、本当に上げたのかも分からないが。
 ――どうしてそう言えるのよ。
 ――俺が生きているからだ。光の無い所に影は出来ない。その逆もまた然り、ってやつだ。
 ――ちょっと待って!アンタ、あの時確かに消えて……!
 ――だから何度も言ってんだろ。俺はお前の影の役割、つまりお前と一心同体なんだよ。お前が悩んだり、迷ったり、己の決断を良しとしなかった時、また生まれ、いずれは消えていく。そういうモノなんだよ、影って。
 ――じゃあ私は今、自分の決断に迷っているの?
 ――そういう事になるな。……あ、言い忘れていたが、お前の身体の感覚がないのは、今お前が心だけの状態だからだ。
 ――心だけ?
 ――安心しろ。直に身体が出来る。それまでは俺がちゃんと、ここにお前を留めてやるよ。……それよりお前、涼に“拾って欲しいと頼んだ覚えはない”とか言ってたよな。
 ――何で知ってるのよ……。
 ――あの時も、存在こそ薄かったが、俺はお前の中にいた。まあ、お前を止める力もなかったが……。だが今は、大分力が戻ってきたらしい。見せてやるよ、お前が本当はどう思っていたのかを。
 白い世界の中に、昔の私の姿がある。
 記憶を辿っていくうちに、私の意識が昔の姿に引き戻されていった。

*        *              *              *        *

 ……この引き金を引けば、全てが終わる。
 何を迷う必要があるの?
 今までずっと、そうしたいと思ってきたじゃない。
 でも、今目の前にいる男は、力のないものには攻撃を加えない、ある家庭の大黒柱だ。本当にこいつが私から両親を奪ったのかさえ、定かではない。
 手が震えている。
 人の命を奪うのがどういう事なのか、少し分かった気がする。
 でも、死にたくない。
 だから、生きて罪を償おう。

 私の涙があふれるのと、赤い何かが飛び散るのは、どちらが早かったのだろう。