「――涼子!」
「……竹、田……?」
朝日が差し込む部屋の中で、涼子はベッドの上に寝かされていた。違和感がしてわき腹に手をやると、鈍い痛みと共に、包帯の感触がした。起き上がろうとして、竹田に制される。
「私、死んだはずじゃ……」
「銃の狙いがそれたんだよ」
返事を返したのは涼だった。
涼子が寝ている部屋にはベッドが六つあり、その内五つが埋まっていた。
「――!」
涼子はその顔ぶれを見て、目を丸くした。涼子の他に寝ていたのは、涼や芝田、そして泉と空の姿だった。泉のベッドの傍らでは、坂田が看病をしていた。
「みんな、どうして――」
そこまで言うと、涼子は再び、深い眠りに吸い込まれていった。
「…………」
次に涼子が目覚めた時には、もう日が暮れていた。ふとわき腹を触ると、
「――っ!」
刺すような痛みが涼子を襲った。
「狙いがそれたとはいえ、銃弾が掠めたんだ。無理もない」
「お父さん!」
涼子の前に現れた涼は、しっかりと一人で立っているものの、羽織っている白衣の隙間から見えた腹部に、涼子と同じように包帯を巻いていた。
「ちょっと涼子!一体何がどうなってるのよ!説明しなさい!」
いつの間に起き上がっていたのか、芝田が声を上げた。
「あれ?芝田……羽は?」
「え?」
芝田が背中をさすると、
「イテ」
銃弾の痕が痛むだけで、あの黒い大きな羽が消えていた。
「……さて、そろそろ話さないといけないかな」
涼はそう言って、二人を別の部屋へと促した。
「このゲームの、タネ明かしをしよう」
涼の研究所の一室。大きなモニターのあるその部屋は、鬼ヶ島にあった研究室にそっくりだった。その部屋に、涼子達六人は集められた。
「タネ明かしと言っても、大体は君達があの世界で知った通りなんだけどね」
そう前置きをすると、涼は淡々と語り始めた。
「まずあの世界――私達はゲームと呼んでいるんだが――実はまだ試作段階なんだよね」
「試作品――?」
「そう。まだ開発段階なんだよ。君達には、それをテストプレイしてもらった。そして、君達は見事あのゲームをクリアし、今ここにいる」
「ちょっと待て!私と空は、あの時桃太郎と戦って死んだはずだ!だが、何故こうして生きている?」
「正確には、君達はまだ死んでいなかった。桃太郎が、君達を狭間の場所に留めたから」
意味が分からないといった風に顔を見合わせる泉と空に、涼子は説明した。
「桃太郎は、ゲームと現実世界の間の場所に、私達の心を引きとめておいたの。現実世界での身体が出来るまでの間、心が消えないように……」
「ゲームから身体をこちらの世界に戻すのは多少時間がかかってしまうんだよ。鬼や犬、猿、雉の細胞を君達から分離しないといけないし、何せまだ試作段階だから」
細胞を分離。その言葉を聞いて、かつて鬼や猿、犬の細胞を持っていた者達は、自分の身体に“ヒトならざるもの”がないことに気付いた。芝田ももう一度、背中をさすった。
「あの世界は、あくまでもゲームだからね。命を落とすことの無いように作られている。ただ、六人のうち誰もクリアできなかった場合、こちらの世界に戻る事は出来ないけどね。戻れなかった者は、結果として現実世界での存在は忘れ去られ、こちらでは死んだ事になってしまう」
「じゃあ、オレ達が鬼ヶ島で見た日記に書いてあったことは――」
「まんざら嘘でもないよ。でも、ああまでしないと君達、本気出さないだろう?ゲーム内のイベントだよ」
竹田達は気が抜けたのか、ため息を吐いた。だが、涼子だけは別だった。
「……でも、お父さんは――」
「?」
「お父さんは、私達にクリアして欲しかったのよね、きっと。だからそうやって、ヒントになるようなイベントを随所に置いた。私達が過去の記憶を取り戻すように仕向けたのだって――」
涼はきょとんとして、
「あれは私の計画外だった。……涼子、君が君の意志で動き、桃太郎が留め置いた鈴音のもとに、彼らを導いたんだ」
今は点いていないモニターを見て、眼鏡の奥の目を細めた。
その様子に、涼子が困惑していると、竹田が言葉を紡いだ。
「オレ達は今まで、過去に犯した過ちから逃げているだけだった。その記憶を心の奥に封じることで、自分を守っていたんだ。その弱さに付け入られる前に、何とかしたかったんだろ、涼子は」
「そうですね。僕はあの時、記憶と真剣に向き合わなかったせいで、涼さんに利用されてしまいましたから……」
申し訳なさそうに言う坂田に、
「アナタのせいじゃないわ。それに、私が坂田と同じ立場だったら、私も利用されていたもの」
涼子は笑顔を見せた。
「まあ、思い出して気持ちの良いものじゃなかったけどね。でも、過去と向き合ったおかげで私も涼子に役に立てたからそれは良かったけど……」
芝田は恥ずかしそうに小声でごにょごにょと言い訳をしていた。相変わらず素直じゃない、と一同が思った。
涼子たちが部屋から退出した後、涼はモニターを点けた。
「おかえり、桃太郎」
「……ただいま、と言うべきなのか?この場合」
桃太郎は、声だけは不機嫌そうに言い放った。
「本当に、昔お前が言った通りになったな。どうしてお前が涼子に肩入れするのか、少し分かった気がする」
「ああ、あの話かい?分かってくれて嬉しいよ。――それより、あの時銃の狙いをそらしたのは君かい、桃太郎?」
「違う。あの時俺にそんな力は残ってなかった。だからあれは、涼子の意志だ。……アイツ、最初からお前を殺すつもりなんてなかったんだろうよ」
涼は驚きを隠せなかった。まさか涼子の意志だとは思ってもみなかった。
「泉や空と戦った時も、涼子が俺の転移装置をぶっこわした。あいつはもう、自分の影との付き合い方を学んだんだ」
涼は俯いたまま、何も言おうとしなかった。
「ま、それが分かっただけでも、このゲームを創った意味はあったんじゃないのか?」
空はすっかり暗くなっていた。雲行きが怪しい所為か、星一つ見えない。
涼は一人外へ出ると、大きく息を吸った。それを長く吐いたところで、雨粒が身体を濡らし始めた。
「必要ない命なんてない、か――。どうやら本当の失敗作は、私達人間の方だな……」
本格的に雨が降り始めた。ほつぽつと降っていた雨は次第に激しく、涼の身体を打ち始めた。
まるでそれが、自らへの罰であるかのように、涼はしばらく雨に打たれていた。
その頬を伝うのが雨なのか、それとも別の何かだったのか、本人にも分からなかった。
しばらくして涼は研究室に戻る。そして桃太郎に告げることになる。
このゲームは、もう必要ない、と。