桃太郎

第五話「とりあえず餌でつることにした」


 ――オレは、待ってたんだ。
 助けてくれる、誰かを。


*        *              *              *        *

 そもそも私が鬼退治に出たのは、あのタダ飯ぐらいの桃太郎のせいだ。もし会ったらぐーで殴ってやろう。決定だ。
 村を出てからずっと歩いてはいるが、辺りの景色はまるで変わらない。もう半日ぐらいは歩いているのに、どこを見渡しても山ばかりで、いい加減見飽きた。
「……もう、何も見えてこないじゃない!」
私は今日何度目かの悪態をついた。正直、これ以上何も変わらない景色には耐えられない。
 何でも良いから変わったこと無いかなー。

「――!」
 あった。変わったこと。
 と、言うよりも、変わりすぎだろ、これは。

 道の真ん中に、大きな檻があった。
 その中にいたのは、一匹の小さな猿。
 猿の頭には金色の輪がある。……ってこれ、絶対「孫悟空」のパクリよね。
 そしてその猿は、じっと私を見つめている。とても、強い意思の宿った瞳だ。
 私は檻に近づこうとして、あることに気がついた。
 もしかして、この檻どうにかしないと、先に進めないの――?

 檻が、大きすぎるのだ。
 猿を一匹入れておくには、この幅の広い道を全てふさぐほどの大きさはいらない。絶対いらない。
「一体誰がこんな面倒な事したのよ……」
 とりあえず、中にいる猿を出さないと。檻を壊した時に怪我をさせたら大変だ。
 ……餌でつるか。
「ほーら、猿くーん。美味しそうなバナナですよー」
おばあさん、バナナをくれてありがとう!まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけど。
「フン。馬鹿にするな」
「はい?」
 前言撤回。バナナは役に立たなかった。それどころか、
「さ、猿がしゃべった……」
何故猿が人の言葉を発するのだ。おかしいだろ、これ。
 「だからさー、オレは猿だけど猿じゃないっていうか……あー、もうめんどくせー」

 ぼふん。

 白い煙の中から出てきたのは、人間の男の子の姿だった。もちろん、衣服は身に着けている。よくある話みたいに裸じゃなくて安心した。
 男子にしては少し長めの、肩にかかった髪が悔しいが似合っている。身長も、これまた悔しいが私より頭一つ分は確実に高い。
「それに、オレはバナナよりアボカドの方が百倍マシだと思っている」
「はあ?」
 もう嫌だ……疲れた。
「アンタさあ、さっさとこの檻から出てくれない?私、そこ通るから」
「オレだって、出れるもんならそうしたいけど。無理だからずっとここにいたんだぞ。でもお前、そんなに急いで、どこに行くつもりなんだ?」
「鬼ヶ島よ。何、アンタも行く?」
「いや、別に。……でも、なんとなく、オレはそこに行かなきゃいけない気がする……」
「じゃあ、そこから出してあげたら、一緒に来てくれる?」
 よく考えれば、そんなわけの分からない所に一人で行くのもちょっとね……。
 
「……まあ、ここにいてもすることなくて暇だし。一緒に行ってやるから、さっさと出せ」
「何よ偉そうに。言っとくけど、私の護衛が条件だからね!」
「……仕方ない。外に出るためだ」
「よし、決まりね!」
 これでやっと先に進める……!
「じゃあ、下がってなさいよ」
「おい、何するつもりだ?――まさか」
 私は足を半歩引くと、右のこぶしに力をこめた。
「止めろ!この檻は、象が踏んでも壊れない――」
「はあっ!」
 檻は簡単に壊れた。
 殴っただけで壊れるなんて、案外もろいわね。
 檻の中、否、檻だったものの中にいる猿だった奴は、私を見て何故か呆然としている。
「……お前、魔法か何か使ったのか?」
「何言ってるのよ。そんなもの使えるわけないわよ」
 私は猿だった奴にそう返すと、その肩をつかんで上等の笑顔で言った。
「と、言う訳で、これからよろしくね」
「あ、ああ。よろしく……」
 その肩は、小刻みに震えていたような気がした。


*        *              *              *        *

「そういえば、鬼ヶ島ってどうやって行くんだよ」
「さあ?」
 やっぱりこんな奴に助けてもらうんじゃなかった。
「南の方だって言ってたから、そっちに行けばその内見えてくるでしょ」
「その内ってなんだよ、ありきたりすぎるんだよ!それに、さっきからお前が歩いている方向は北だ」
 ああ、先が思いやられる。
「さっきからうるさいわね!じゃあアンタ、何とかしなさいよ」
「はあ?猿に頼る人間がどこにいるんだよ」
「ここにいるわよ。それに、ちゃんと名前で呼びなさいよ。」
「いや、お前の名前なんか知らないし」
「言ってなかった?私は涼子よ」
 そんなことしたら恥ずかしいだろ。女を名前で呼ぶなんて、一体どこのガキだよ。

 ごきっ。

 げっ。あのヤロー、指の関節鳴らしまくってやがる……。強いからって調子に乗るなよ。逆らわないけど。
「りょ……、涼子」
「ん、何?」
「何、じゃねえよ!お前が名前で呼べって言ったから!」
「ふーん。何赤くなってんの?」
 うっ!……オレって、こんなキャラだったっけ……。きっとあの檻の中で五百年も人と会わずに暮らしてきたせいだろうな。くそー、滅茶苦茶恥ずかしい。走っちまうぞ!
「あ!ちょっと待ってよ!」
「何だよ!」
 こんな道端に何があるって言うんだよ!
 ――うわっ!何だあいつ。
 犬耳生やしてアリの巣いじってる奴なんて見たことないぞ!