桃太郎
第六話「犬の嗅覚はあなどれない」
そこにいたのは、女の子と見紛うほどに可愛らしい男の子だった。
涼子と同じぐらいの歳だろうが、アリの巣を真剣に見つめる大きな目が、幼さを醸し出していた。頭に生えた犬耳が、とても馴染んでいる。
「どうしたの?もしかして、迷子?」
涼子が声をかけると、男の子は顔を上げた。しばらく何も言葉を発しようとはしなかったが、
「おい、涼子。そんな変な奴にかまっている暇があったら、さっさと行くぞ。時間の無駄だ。第一、犬耳生やした奴にロクなのはいない」
猿のその言葉を聞くと、男の子はいきなり立ち上がった。
「あなたこそ、尻尾なんか生やして。人のこと言えないと思いますよ」
少し高めの、それでいて大人びたような声。丁寧な口調と見た目とのギャップが、なんとも可愛らしい。
「え、アンタ、尻尾なんて生えてたの?」
「うるせぇ!これだけは、人の姿になっても何故か消えないんだよ!っていうか気付いてなかったのかよ!
――大体そこの犬。お前も人じゃないだろう?」
「それはあなたもでしょう?」
「どうして分かった」
「猿のニオイがします」
「…………」
猿は完璧に言い負けていた。どうやらこの犬、顔に似合わず毒舌家らしい。
「……とにかく。迷子ではないのね。じゃあアナタ、どうしてこんな所にいるの?」
猿が静かになると、涼子は話を戻した。
すると犬は、少し困った表情を浮かべ、こう言った。
「……分からないんです」
「分からないって……どういうこと?」
「僕、気が付いたらここにいたんです」
涼子は驚いた。自分がこの世界にに来たときと、全く同じだったからだ。
「じゃあ、アナタも――」
「お前も、オレと同じだな」
猿がおもむろに、口を開いた。
* * * * *
「――とりあえず、話を整理するぞ」
三人は、近くにあった大木の影を選ぶと、その下に腰を下ろした。空は徐々に、顔を曇らせてきている。
「私達がこの世界に来た時の共通点について――だったわね」
「そうだ。さっき聞いた限りでは、三人とも、気付いたらこの世界にいた――そうだよな?」
「そうよ」
「その通りです」
猿は少し考えると、こう言った。
「……もしかするとオレたちは、何かすべきことがあって、そのためにここに連れてこられたんじゃないか?」
「なるほど。では僕達は、その『何か』を終わらせなければ、元の世界には帰れないのかもしれませんね」
「ああ。せめて、オレたちが誰に連れてこられたのかだけでも分かれば、その『何か』も分かりそうだが……」
涼子の脳裏に、ふいに、ももまんの姿が浮かんだ。
「あ」
「どうした、涼子」
「何か分かったんですか」
二人の視線が、涼子に集中する。その目には、期待と不安が入り混じっていた。
「もしかして、ももまん?」
「はあ?」
「な、何ですか、それは?」
涼子は覚えている限りのことを説明した。大きな桃の中で、ももまんに会ったこと。考えに過ぎないが、そいつがこの世界に連れてきたのではないかということ。何故か『もも子』と名乗れと言われたこと。父親の『涼』の名前を残して去っていったこと――。
「桃から生まれた……って言ったら、やっぱり桃太郎ですよね」
「あ。そういえば」
「なんだよ涼子、まだ何かあるのかよ」
「うん。実は村で――」
* * * * *
「鬼退治ぃー?」
「ちょっと待って。犬はともかく、何アンタまで驚いてんのよ」
「鬼ヶ島に行くとしか聞いてなかったから……」
「普通、鬼ヶ島って言えば、目的は鬼退治だって思わない?」
「あはは……確かに。どうして気付かなかったんだオレ」
「それより、涼子さん」
犬が唐突に口を開いた。
「あれ、私、アナタに名前教えたっけ?」
「さっき猿が二回程言ってたので。
それはともかく、今の話が本当だとすれば、ひとまず鬼ヶ島に向かったほうが良さそうですね。それ以外に手がかりもありませんし」
「私達は元からそのつもりだったけど……もしかして、アナタも来てくれるの?」
「ええ。――その代わり」
「何?」
「バナナを頂けませんか?僕、バナナ好きなんです」
「袋に入れっぱなしだったのに、よく分かったわね……」
……犬の嗅覚はあなどれない。