桃太郎

第七話「尻に敷かれるのが得策」


 ――ん?何やら騒がしいわね……。
 あら。いつの間にか下に誰かが座ってる。三人もいるのね。阿呆面の女に尻尾男に耳男……。女は人間でしょうけど、男の方は、何ともまあ、中途半端な変化ね。
 こうなったら、この私の完璧な変化で、あいつらをぎゃふんと言わせてやろうじゃないの!


*        *              *              *        *


「バナナを頂けませんか?僕、バナナ好きなんです」
「袋に入れっぱなしだったのに、よく分かったわね……」
 涼子は驚いて、犬にバナナを渡した。犬が嬉しそうにバナナを食べるのを見ていると、
「――でも」
猿がふいに口を開いた。
「何よ。まだ何かあるの?」
「いや、そんな大したことじゃない。ただ、猿、犬、ときたら、やっぱり今度は雉でも出てくんのかなーって」
 それを聞くと犬は、半分呆れたように言った。
「そんな都合の良い話、あるわけないでしょう」
「……だよな」
犬と猿が苦笑した、まさにその時、

 「――あった」

 涼子は、『都合の良い話』を見つけた。

 頭上の大木。
 その太い枝の上に、仁王立ちをする少女の人影があった。
「……やっぱり」
「何かワンパターンって感じがしますね」
「もういい加減、何があっても驚かなくなってきたわ……」
 三人が呆れ返っていると、
「そこのあんた達!さっきから聞いてれば偉そうに!」
「?――うわっ!」
 その少女は、勢いよく枝から飛び降りた。まるでプールのジャンプ台から飛び込むような、見事なフォームだった。
 大木というだけあって、枝から地面までの高さは相当のものだ。
「このままじゃ、僕達にぶつかりますね」
「冷静に分析してる場合かよ!とりあえず――」
「逃げるわよ!」
 三人は立ち上がると、必死にその場から逃げた。
 落下中の少女が、
「ちょっと!どうして逃げるのよーっ!」
とか言っていたが、気にせず逃げた。
 落下のスピードは、どんどん増していく。
 そして、

 べしゃ!

 そうとしか言いようのない音を立て、少女は地面に頭から突っ込んだ。

「ねえ……アレって大丈夫なの?」
「いえ……あまり大丈夫とは言えないと思います」
「まさか本当に地面に突っ込むとはな……」
 
 むくっ。

 しばらくすると、少女は起き上がった。そして、
「ちょっと!誰か少しは心配してくれても良いでしょー!それに、どうして誰も私を受け止めてくれないのよ!」
 心配する必要は、全く無いようだった。


「アンタ、やっぱり雉でしょ?」
「……どうして分かったのよ」
「そりゃあ、羽生えてんだから、普通は鳥か何かだと思うだろ」
「それに、“猿”、“犬”ときたら、次は“雉”だろうって、さっき話していたので」
 少女――雉は、髪を肩より少し長めの位置で切りそろえており、どこか上品な物腰をしていた。
 だが、今は、そんな理由であんた達と一緒にするんじゃないわよこのへタレ共、とか、私を誰だと思ってるのよ良い気になるなよ、だとか、散々まくし立てている所為か、そんな雰囲気は欠片も残っていなかった。

 流石に怒鳴りつかれたのか、肩で息をしている雉に、
「ところで雉」
「何よ」 
涼子が話を切り出した。
「もしかして……いえ、もしかしなくても、アンタも気がついたらこの世界にいたの?」
雉は少し考えると、予想通りの答えを返した。
「そうねぇ……目が覚めたらここにいた気が……」
 それを聞くと、
「またかよ」
「やっぱり」
「もっと凝った演出が出来ないんですか、この世界の神様は……」
雉を除く三人は、呆れるを通り越して、脱力していた。
 しかし、犬の最後の言葉に、
「神様、ねえ……。まあ、そんなのがいたらの話よね」
「涼子さん、神様信じてないんですか?」
「そういう訳じゃないけど……やっぱり最後に頼れるのは自分しかいないから」
涼子は苦笑交じりに言葉を返した。犬はそれが気になったのか、口を開きかけたが、
「何はともあれ、これで決まりね!」
先ほどの表情が嘘のように明るく言った涼子に、結局声をかけることは出来なかった。
「雉。アンタ、私達と一緒に来なさい」
「何でよ」
 雉が悪態をつくと、猿は雉に手招きした。雉が近寄ると、周りには聞こえないように、
『こういうのもアレだが、あいつにはあまり逆らわない方が良いぞ』
『何、あんな女が怖いの?情けないわね』
『それに、オレたちと一緒に来ると、出番とファンが増える』
『本当っ?』
 雉は、涼子たちに駆け寄ると、
「良いわよ。あんた達と一緒に行ってあげようじゃないの」
堂々と言ってのけた。


 「さあ!目指すは鬼ヶ島よ!」
涼子はビシッと人差し指を進行方向に向け、腰に手を当てて言った。
「だから、その方向は鬼ヶ島へ行く道と逆だって、何度言えば分かるんだ!来た道を戻るつもりか、こいつは……」
猿はその相変わらずな行動に、ため息をついた。
「ちょっと、ふざけてなくていいから!それより、この木が邪魔で前に進めないじゃないの!」
 雉が勢いよく飛び降りた大木は、異様に横幅が広かった。まるで壁のようにそびえ立つそれは、見事に道をふさいでいた。
「さっき話していた時には全然気がつかなかったわ」
「何でそんなに能天気なのよ!えーっと、涼子、だっけ?」
「うるさいわね!とにかく前に進めればいいんでしょ!」
「雨も降ってきましたね。ここでこのまま雨宿りでもしますか?」
 涼子は、
「でも、どうせなら屋根のあるところで雨宿りしたい」
この場で皆が思っているであろうことを口にした。
「確かに、民家があればそれに越したことはないだろうが……」
「見渡しても建物は一つも見えてきませんよ」
「何とかしなさいよ涼子!」
「あー、もう、何とかって、こうすればいいのっ?」

 涼子は、目の前の大木に手をかけると、
「フンッ!」
一息の内にそれを根元から引っこ抜いた。

「これで満足?」
 呼吸一つ乱さずに、大木を持ち上げたまま笑顔で言う涼子に、
「……はい。結構です」
三人は素直にそう言うしかなかった。

『……なあ?逆らわない方が良いって言っただろ?』
『そうね……。大人しく、尻に敷かれるのが得策、か……』

 雨は次第に、その音を強くしていた。