桃太郎
第八話「コンプレックス」―1―
雨の降りしきる道を、四つの人影が走っていた。
必死に走る四人の中の、背中に大きな羽を生やした少女が、前を行く三人に、叫ぶように話しかけた。
「全く、いつになったら屋根のある場所にたどり着けるのよ!」
「知るか!文句言ってる暇があったら、さっさと走れ!」
尻尾の生えた少年が振り向いて、しかし足は止めずに答えた。
四人が肩で息をし始めた頃、
「ありました!」
耳の生えた少年が声を上げた。
少年の言った通り、道の先に、小さなログハウスがあった。
* * * * *
「しっかし、こんなところに家があったとはな」
「……この家、誰もいませんね」
家の中は、外観からは想像もつかぬような広さだった。それだけではない。今四人がいる部屋は、まるでホテルのロビーのように豪華だった。
「まあ、誰もいないなら良いんじゃない?雨宿りさせてもらいましょ」
羽の生えた少女が、言いながらそばにあった椅子に腰を下ろした。
「それもそうだな」
「そうですね」
少年達も、それと同じように、椅子に座った。
「涼子、お前も座れよ」
涼子と呼ばれた少女は、
「私はいいわよ。立ってる方が楽だから」
そう言って壁にもたれかかった。
そして、ふと思い出したように、
「そういえば、アンタ達の名前、まだ聞いてなかったわね。何ていうの?」
そんな今更な質問をした。
しかし、三人は誰も呆れてはいなかった。それどころか、誰もが口をつぐみ、答えようとはしなかった。
「……どうしたの?」
涼子が羽の生えた少女の顔をのぞき込むと、少女は静かに口を開いた。
「……無いわよ、そんなもの。私は……親の顔すら思い出せないんだから」
涼子は目を見開くと、
「そっか……ごめん」
目を伏せながらそういった。
しかし涼子の脳裏には、何故か林の姿が浮かんでいた。
自分の名前をもらい、とても嬉しそうにしていた彼女の表情が。
「――もし良ければ、私が付けてあげようか。アンタ達の名前」
少女は驚いて顔を上げた。しかし少年達は、
「ちょっと待て!オレたちの名前まで無いとは言ってないぞ!」
「そうですよ!」
珍しく涼子に反論した。
「何だ。二人とも名前あるなら先に言ってよ」
「分かったよ!オレの名前は――」
数秒の沈黙に耐えられなくなった少女が、尻尾の生えた少年に怒鳴った。
「もう!意地張るのもそこまでにしなさい!結局何なの?あるの、無いの?」
「……それが、………思い出せねぇ」
少年は予想にもしなかった答えを返した。
「はあ?何よそれ!」
少女はその返答に満足できなかったのか、少年に食って掛かる。涼子はそれを放っておきながら、
「それで、アンタはどうなの?」
耳の生えた少年に尋ねた。
少年は気まずそうに涼子の方を見た。
「……そう。アンタも同じ答えなの?」
少年は遠慮がちに首を縦に振った。
それを見ると、
「あんたも素直に言えば良かったでしょー!」
羽の生えた少女が、二人の少年に食って掛かった。
涼子はやはりそれを放っておきながら、天井を見上げた。後ろでは、三人がそれぞれに意見を主張し合って、ぎゃーぎゃーと騒いでいる。
突然、辺りが静かになった。
涼子は依然として天井を見上げていた。
「ちょいとお前さん」
「はい?」
涼子の目の前に、一匹の猫がいた。何で上を向いてるのに目の前に……って、飛んでる!
「お前さんはあの三人の連れかい?」
「そうです。それが何か?」
涼子の冷静さは、かえって不自然だった。猫が飛んでいることにも、連れが消えたことにも、全く驚いてはいなかった。
「あやつらちょいと騒がしかったからねぇ。預からせてもらったよ」
「――やっと、会えましたね」
二人の会話は、かみ合ってはいない。
猫は、涼子の目を、探るようにのぞき込んだ。
「お前さん、まさか涼の――」
「まさか本当に会えるとは思いませんでしたよ、魔法使いさん」
二人の言葉は、どこか別のところでかみ合っているようだった。