まるでホテルのような豪華な一室。部屋の真ん中に置かれた大きな長方形の机も、部屋に劣らず、随所に豪華な細工が施されていた。しかしそれとは不似合なのが、机の周りに置かれた背の高い椅子だった。
見た目が釣り合っていないわけではない。椅子も細やかな細工が施された、一級品だ。不自然なのは、その配置である。充分間を空けても十個は椅子が置けそうな机の周りには、長方形の短い方の辺の部分に一つずつ、計二個しか置いていなかった。
椅子に腰掛けた少女が、おもむろに口を開いた。
「アナタは、この峠に住まう魔法使いだと、ある人に聞きました」
反対側の椅子に座っている猫は、ため息をついた。
「……この近辺に伝わる、古い言い伝えだよ。“ここで騒ぐと、魔法使いに喰われる”だとか、“魔法使いに会うと、願いが一つだけ叶う”だとか……。お前さんがそいつに聞いたのは、どんな話だい?」
「両方、混ざっていました。村人たちがうわさしているのを、聞いたことがあります」
「そうかい。――で、お前さんはそれを信じてこんなところに立ち寄ったんだね」
少女はしっかりと、首を縦に振った。
すると猫は眉をひそめ、呆れた様子で言い放った。
「全く、本当に自分勝手な生き物だね、人間って奴は。――あやつの言っていた通りだ。
確かに私は魔法を使うことが出来るよ。巷では魔法使いとか呼ばれているみたいだが、本当は鈴音{リンネ}という名だ。
だけど私は、そんなに都合の良いお人好しじゃあないよ。なんでも願いをかなえてやるわけじゃあない。騒がしいのは苦手だが、食べたことなんて一度も無いよ。……人間なんか食ったら、魂が汚れるからねぇ。ちょいと灸をすえてやるだけさ」
「――自分自身と向き合わせて、ですね」
少女の言葉に、鈴音と名乗る魔法使いは、ニヤリと笑った。
* * * * *
「…………ここ、は……」
「目が覚めたみたいね」
雉が目を覚ますと、傍らに、自分によく似た少女がいました。雉は必死に思考を巡らせ、
「えっと、あんた、誰?」
結局それだけ聞きました。少女は微笑みながら、
「私はあなたよ。――いいえ。あなただった……と、言うべきかしら」
「……?」
そんな意味深な言葉を口にしました。
すっかり訳の分からなくなった雉は、とりあえず辺りを見渡してみました。
そこは、ベッドと部屋の隅に椅子が一つずつあるだけの、粗末な造りの小屋でした。少女が手に持ったランプが無ければ、少女の顔もよく見えなかったでしょう。
その少女は、雉に占領されているベッドの脇に椅子を持ってくると、それに腰掛けると同時に、仕方なさそうに語り始めました。
「……私は、あなたの過去よ。あなたが忘れることの無い記憶。忘れたいと願う記録。――それが私」
「じゃあ――まさか!」
雉は青ざめた表情で問いました。思い出したいとも、思い出したくないともとれる口調で。
「あんたは、私の名前を――」