桃太郎
第八話「コンプレックス」―4―
「………なるほど。それでお前さんは、願いを叶える為にここに来たんだね」
「そうです」
「一応聞いてやるよ。――言ってみな」
「私の願いは――」
* * * * *
「……そう、やっぱりね。――思い出したわ。嫌なことまで全部」
雉はそれだけ言うと、うなだれたまましばらく口を開こうとはしませんでした。言えなかったのかもしれません。つい先ほどまでは思い出す気なんて無かったコンプレックスが、自らと同じ形をとって目の前にいるのだから、無理もありません。
外は、もうすっかり暗くなっていました。
「…………それで、あなたがこれからどうするのか、だけど」
「……………」
「来なさい」
そう言って少女に促されるままにランプを持って外に出ると、少し離れた広場に、猿と、それによく似た少年がいるのが、ぼんやりと分かりました。
二人が闇の中で何をしていたのか、雉にはよく分かりませんでした。
「彼らのように、ちゃんと向き合うことも出来るわ。もっとも、あの犬耳の子は別のところだから、何を選んだかは分からないけど」
「向き合う……?」
「そうよ。身体と心はいつも一緒にあるもの。向き合うことも、戦うことも出来る。……そうやって、互いに成長していくものなのよ」
「――戦った場合、どうなるの?」
「……戦って戦って………どちらかが、もしくは両方が負けてしまったら、その存在は無くなるでしょうね。それが出来れば、の話だけど。
でも、どちらかが自ら望んで負ければ、勝ったほうはそれを封じることも出来る」
すると雉は、少女の目を真っ直ぐに見つめ、はっきりと言いました。
「それなら私は――」
* * * * *
「そろそろ、みんなを返してください」
鈴音は一瞬だけ、目を見開いた。
「お前さん、それを願うために来たのかい?だったら、こんなことする必要なんて……」
「あなたに連れて行かれた人がどんな罰を受けるのか、私が知らなかったとでも?」
「……いや。――なるほどね、そういうことかい」
少女はふっと微笑むと、
「返してもらえますよね?」
答えなど分かりきっているという風に、もう一度尋ねた。
「……お前さん、変わったね。
大丈夫。――あやつらも、ちゃんと選んだようだから」
涼子が家から出ると、あの猿と犬と雉の姿が見えた。三人の表情は、どこか晴れ晴れしたものがあった。
「おかえり、みんな」
涼子の言葉に、三人は笑顔で言った。
「ただいま、涼子」
「そういえばお前、ずっとこんな何にも無いところにいたのか?」
「……え?」
涼子が辺りを見回すと、いつの間にか、あの家と鈴音の姿が無くなっていた。
「――ありがとう」
「誰に言ってるのよ、涼子?」
「…………内緒」
「はあ?」
* * * * *
涼子たちは、再び鬼ヶ島を目指して歩き始めた。
しばらくすると、気まずそうに、雉が口を開いた。
「………涼子」
「何?」
「やっぱり名前、付けてくれない?」
涼子は驚きつつ、
「別に良いけど、アンタ達はどうなの?」
猿と犬にも尋ねた。
「オレも……付けてもらっても、良いぞ」
「僕も……」
二人は恥ずかしそうに答えた。
「……よし!決めた!」
「おっ!やっとかよ」
「どんなのにしたの?」
「早く教えてくださいよ」
「えっーと、猿が竹田で犬が坂田、雉は芝田!」
「………………」
* * * * *
「それなら私は、あんたと生きるわ。……だけど今は、まだ、もう少しこのままで……」
少女はもう、そこにはいなかった。