桃太郎
第九話「卵」―1―
「――あれ、何?」
「え?」
ひゅるるるるるる。
「うわっ!」
そいつは、突然空から降ってきた。
紫色の殻には所々青い水玉模様が彩られていて、お世辞にも可愛いとは言えない。何のつもりかは知らないが、そいつは突然、オレの頭上に落ちてきた。
「な、何だよアレ!――たま、ご……」
目の前が真っ暗になっていくのが、自分でも分かった。
* * * * *
卵、か……。そういえば、アイツも好きだったっけ。よく卵から雛をかえしてたな……。
アイツ、というのは、オレの双子の弟のことだ。外見は瓜二つだったが、性格は正反対と言っていいほど、似つかなかった。
第一に、アイツは動物がとても好きだった。近所の捨て犬なんて毎週のように拾ってきたし、極稀にだが、ウサギなんかを拾ってきたこともあった。……本当、何処から拾ってきたんだか。
オレの家は、“鶏研究所”とかいう、変な場所だった。何でも、将来流行るだろうと言われている鳥から検出されるウイルス、特に人と近いところにいる鶏のウイルスを研究していたのだそうだ。――笑いたければ笑えば良い。だが、本当にそうだったのだから、仕方が無い。
そしてそれが解明できれば、いずれは、一家に一羽、鶏がペットになる時代が来る。そうなれば、この国の未来は明るい――だとか、オレの両親はよく言ってた。何で鶏が国の未来を支えるのか、オレにはさっぱり分からなかったが、動物好きの弟は、まんまと親にハメられ、ヒヨコの世話を日課としていた。
動物に囲まれた生活は、最初はあまり好きではなかった。
家の何処にいても鳴き声は聞こえるし、拾ってきたばかりの動物には、引っ掻かれたり噛み付かれたりしたし、とにかく、オレにとってはあまり良いものではなかった。
でも弟の、動物の世話をしている時のあの楽しそうな表情を見るのは、決して嫌いではなかった。
だから、その内、動物のいる生活も悪くはないと思えてきた。
そんなある日のことだった。
――弟は、死んだ。
捨て犬に、腕を噛み千切られた所為で。
出血が酷く、家に帰ってきたときには、既に弟の体温はほとんど無かった。
それなのに、あいつは自分のことなんかより、最後までその犬のことを心配していた。
『…この……犬を………育て…て…あげ、て――』
それが、弟の最期の言葉だった。
その後のことは、よく覚えていない。
ただ、動物なんてもう二度と育てたくないと思ったのだけは、覚えている。
だからオレは、今オレの目の前にある卵を育てるか否か、真剣に悩んでいた。