「突然だが、明日はクリスマスマーケットをやることにした」
会長は、生徒会室に入るなり真顔で宣言した。
「流石にそれは無理がありません?」
速水以外に、言葉を返せる者はいなかった。
会長は、一度言ったことは必ずやり遂げる人だ。良い意味でも、悪い意味でも。
生徒会執行部の今日の仕事は、オーナメント作りだった。生徒会室にある有り合わせの材料と、会長がスーパーの日用品売り場で仕入れてきた物を使い、どうにかして作っていく。クリスマスのオーナメントなんてよく考えてみるとあまり思い浮かばないので、速水にアイデアを出してもらいながら作業をしていった。
「会長、どうしていきなりやろうと思ったんですか?クリスマスマーケット」
アルミホイルでキャンディバーの芯を作りながら、僕は会長に尋ねた。
「私の姉が昨日行ったらしくてな。自慢されて悔しかった」
仕事の手を止めず、会長は答えた。自分が言い出した企画に関しては、この人はいつも以上に全力を注ぐ。今日は部活を休むと連絡済みなのだそうだ。
机の上のオーナメントは、順調に数を増やしていく。と言っても、色紙を切って作った雪の結晶やサンタの顔、モールで作った葉っぱや花など、まるで保育園のお遊戯で作ったような物ばかりだ。僕が作った芯には、速水がリボンを巻いて仕上げをしている。
「お姉さん、どこのクリスマスマーケットに行ったんです?」
「ドイツ」
自分で質問しておきながら、これには面食らった。
「……というか、奴は世界各地を放浪していてな。SNSにそれを載せるものだから、いい加減羨ましくなった。…成瀬君、手、止まってるぞ」
「あ、すみません!」
手の中で放置されていたアルミホイルを、急いで棒の形にする。先端を少し曲げれば、キャンディバーの形が出来る。その単純な作業を繰り返している内に、ふと、昨日会った不思議なお兄さんのことを思い出した。
「でも会長、俺らの仕事これだけで良いんですか?クリスマスマーケットやるなら、もっと準備することあるんじゃないですか?」
二本のリボンを同時にバーに巻きつけながら、速水が言った。がさつに見えて器用なんだよな、あいつは。
「それなら大丈夫だ。さっき学校に来る途中に、クリスマスお兄さんとか言う妙な人に会ったんだ。協力してくれるらしいから、心配ない」
やっぱりあの人か……!
「その人、俺も会いましたよ」
「え、速水も?」
「も、ってことは、成瀬もか!」
ますます不思議な人だ。あのクリスマスお兄さんは。一体何者なんだろうか。
窓の外には、暗くなり始めた景色。黄色と青が混ざりかけたような微妙な色合いは、昨日見たキャンドルみたいだった。
結局その日は、作ったオーナメントの山を生徒会室に残し、帰路についた。あとの準備はクリスマスお兄さんの担当だ。まあ、あの人に不可能なことはなさそうだから、きっと何とかしてくれるはずだ。
明日はどんな一日になるのだろう。色んな意味でドキドキして、よく眠れなかった。
翌日。あの人は本当にやってくれた。
校庭に足を踏み入れると、そこはまるで夢の国だった。
まだ辺りが暗いからか、イルミネーションの光が眩しい。この前見たクリスマスお兄さんの屋台に似たものが沢山並んでいて、それぞれが異なる商品を並べている。食事が出来るように、背の高い丸テーブルもあちこちに置かれている。
しかし一番目立っていたのは、校庭の真ん中に立っている、クリスマスツリーだった。
何処からどう運んできたのかは分からない、立派なモミの木。それを着飾っているのは、昨日僕達が作ったオーナメントだ。勿論、他の種類のオーナメントも足されているが。真っ先に目に入った位置に昨日作ったキャンディバーが吊られていて、何だか少し誇らしかった。
「おー、こりゃすげーなー」
感心しながら速水がやって来た。
「まさか本当に校庭にツリーが立つとは……」
速水は感慨深げにツリーを観察する。いつもより興奮しているようだ。
「あれ、そのブーツどうした?」
「真樹からのクリスマスプレゼント。折角もらったから、履いてみた」
「へー、さすが真樹ちゃん。センスが良いって伝えといて」
そんな会話を普通にしているのは、恐らく僕らだけだろう。あまりにも目の前の状況が現実離れしている。
それにしても、昨日関わった生徒会メンバーはともかく、全く知らされてなかった生徒達は、きっと立ったまま夢を見ている気分だろう。先生方には一応知らせてあったが、ここまでやるとは思わなかったのか、呆然としている。今日は授業になりそうもない。
「あ、久しぶりー。えっと、成瀬靖都君、だっけ」
昨日会ったばかりだが。男性――クリスマスお兄さんと名乗るその人は、僕を見つけると手を振りながら駆け寄ってきた。
「おはようございます。……その、これは全部あなたが?」
とても一人で準備したとは思えない。それこそ、魔法でもない限りは。
「流石に一人じゃ無理だったから、ちょっと仲間達に手伝ってもらったんだ。今はもう帰らせたけど」
お兄さんはまるで、いたずら好きの子供のように無邪気に笑った。
シャンシャンと鳴る鈴の音は、学校中のスピーカーから流れてくる。授業の予鈴がクリスマス仕様になっていた。きっと会長の仕業だ。事あるごとに利用される放送委員長が、何だか可哀相になってきた。
時計を見ると八時十五分過ぎ。長い一日になりそうだ。
日の光は弱いが、それでも校庭は賑わっていた。
寒さを少しでも和らげる為、皆に温かい飲み物が配られ、丸テーブルでそれを片手に談笑している。生徒達にはホットチョコレート。一部の先生には、グリューワインという、スパイスの効いたホットワインが振舞われた。勤務時間中に飲酒は駄目だと最初は拒んでいた先生達だったが、
「これはたまご酒みたいな物ですから、大丈夫ですよー」
とクリスマスお兄さんにそそのかされ、安心しきってしまった。教育委員会に見られたら大変だ。
そしてその飲み物を提供するのが、
「成瀬君、君はもしかして料理上手か?」
「親の手伝いしてただけですよ」
僕達、生徒会執行部である。僕は二時間ほど、大量のチョコレートを大鍋で溶かしている。
「成瀬の母ちゃん、洋菓子屋やってんですよ。ほら、『デセール・ユウ』って知りません?駅の近くの」
隣の屋台から速水の声。グリューワイン温め部隊は、需要の差で僕らより暇そうだった。
「ああ、あの店か。私も何度か買いに行ったことがある。クリームの甘さが絶妙だった」
母のケーキを会長に褒められて、僕は少し得意気だ。顔には出さないが。
「成瀬ー、おかわりくれよー」
「こっちまで来いよ!あと、君達飲みすぎ」
クラスメイトは、空のコップを片手に屋台へ来た。みんな笑顔だ。気温は寒いはずなのに、気持ちはとても温かくなった。
横の屋台をちらりと見ると、何人かの先生が速水にワインを注いでもらっていた。あの人たちの顔が赤いのは、きっとアルコールの所為だ。
「明美ちゃん、こっちの準備手伝ってもらって良いかな?」
クリスマスお兄さんに呼ばれて、会長は別の屋台へ移動した。もう少し一緒にいたかった、なんて柄にもなく思ってしまったのは、この雰囲気の所為だ。うん、きっとそうだ。
「それにしても、流石にこの人数でやるのは無理があるよな……」
「心配ないよー」
「うわっ!」
お兄さんは、片手にグリューワイン、もう片方の手に何やら紙皿に載った料理を持って、ぼくの隣にいた。独り言を聞かれただけでなく、すぐ側から返事がしたので、かなり驚いてしまった。神出鬼没にも程がある。
「君達が手伝ってくれてるから充分だよ。本当は、私一人でも何とかなるけど」
「何とかなるんですか?」
「私が本気を出せば、ね。でも普段は面倒だからキャンドルしか扱ってないよ。あ、これ食べる?」
お兄さんは、紙皿に載った料理を屋台の上に置いた。
「良い匂いですね。何ですか?」
「アプフェルクーヘン。つまりは林檎のパンケーキ。因みにドイツ料理」
アプフェルクーヘンを頬張り、グリューワインを飲みながら、お兄さんは説明してくれた。僕に勧めておきながら、既にパンケーキの半分がお兄さんの胃袋に収まった。
僕はチョコレート係を他の生徒会メンバーに代わってもらい、一息つくことにした。